またもやご無沙汰してしまいました。
わざわざ遠方から来てくれる学生さんに、少しでもたくさんのことをお伝えしておきたいという一心で夏休み…ならぬ夏合宿を過ごしており、なかなかにこちらまで手が回りませんでした。
芸術や武道やスポーツの実技を修得する、というと、一人の指導者に、時間的にも場所的にも密接な関わりを持ちながら学ぶ、ということが誰にとってもイメージしやすいと思います。
しかし残念なことに、学問についてはこれが周知ではありません。
実技として修得しなければならないのは実のところ、学問においても同じなのです。
学問のうち、過去の文化遺産の知識的な習得については、独学でも不自由なく学ぶことができます。
日本という国は国会図書館を2箇所に構えており、訳書も多数あり、古書についても全国的なネットワークがあり、名家の蔵の古文書などの個別史料を除き、手に入らない資料はほとんどない、と言ってもよいほどです。
これはたいていの資格試験が、参考書さえ揃えば努力次第で取得できうる、というレベルで考えてみてもわかってもらえると思います。
ところがもう一方の――現在の大学ならびにおおよその学界では失われているといってよい――論理的な習得・そして修得に関しては、環境としても、発想そのものとしても、それが覚えてどうにかなるものではなく、自らの「技」として身につけなければならないことを要請するだけに、独学ではその習得・修得がとても難しい、不可能に近いほどに難しいのです。
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ここのBlogを十分に読みこなして来られたひとりの学生さんは、自然・社会・精神という歴史を一般的にとらえるために述べた、15分ほどのお話のあと、「観念的な物言いで申し訳ありませんが…」と前置きしたうえで、率直にこう述べられたのでした。
「いま、私の全身に、なんというか、激しい大風のようなものが吹いてきました。私は自分なりの真剣さで、その風を全身に受けて、手でつかみ五体で受け止めようとしました。しかし、掴んだと思ったときにはそれはその姿を変えては、姿を変え、を繰り返しその都度するりと抜け出ていってしまうので、お話が終わったときには、何も手元に残ったような感触がありませんでした」。
弁証法というものを、三法則を身の回りの出来事にあてはめること1年ほど、ようやく個々ばらばらの像として持てたくらいの段階の方にとっては、弁証法は、「こういう時にはこう使い、ああいう時にはああ使う」、というもののはずです。
これは、いわば意識的に適用している段階なので、その当人にとっては、目の前にぶつかった対象を、弁証法的に見よう、弁証法的に見よう、と努力してはじめて効力を発揮するものです。
しかし学問の本質というものは、知識以上にその論理性が問われているものである、ということからすると、その論理性は現象(直接目に見えるかたち)としては、駆使される技、として現れてくることになります。
個々別々の知識は、それなりに知っているはずであるのに、全体としては「掴みどころのない大風」であると実感されるのは、そこで使われているのが技、だからです。
武道の達人に桜の木の枝で叩かれた時には、腕がしびれて上がらない、という結果だけが大きな衝撃とともに経験されますが、そのとき、「いまいったい何が起こったのか???」という感触だけが残るのであって、そこにどのような過程があったのかはまるっきりわからないでしょう。
わたしは学問的な観点から言えば、まだまだ歴史上の達人から学び続けている途上ですが、それでも、技として自然に心身に身についているということと、やっと覚えた、という段階ではとても大きな差が、どうしてもあるということなのです。
弁証法というものは、人類の認識の、その時代、時代の最高であり頂点の論理性に冠されることばである、と言われる通り、それは、日々の高度な実践を通してしだいしだいに高められてゆくものなのです。
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長くなるのでここらへんで前書きを終えますが、注意しておいてほしいことをひとつ述べさせてください。
わたしはここでの文章も、直接お話しするときも、個別の知識にはほとんど立ち入らないようにことばを選んでいるつもりですが、それでも学問の道を踏み出した学生さんにとっては、なんだか色々知っているなあ…という感想が浮かぶかもしれません。
たしかに、わたしは経営学史の研究から出発して、各学問が持っている「学史」を総合したところに、「一般学史学」とでも言うべきものがあるはずである、なければおかしい、という問題意識で世にある学問の歴史を学んできた過去があります。
そういうわけで、専攻分野といえば、経営学者ではなくむしろ、「学史研究者」や「論理学者」と言ったほうがより正確かもしれません。
そのことが現在の、他の分野を専攻する学生さんへの指導にも繋がっていることは否定できない事実なのですが、それでも、「色々知っているなあ」という知識面についての感想に目眩ましされることのないように、お願いしておきます。
そもそも個別研究ならば大学でいくらでも教えてくれますが、わたしが是非に学んでほしいと常に心を砕いているのは、そういった知識ではなく「論理」というものなのですから。
ちなみに言えば、「学史」を総合したところの云々、という発想、つまり、各学問の歴史をすべて押さえて総合すれば学史一般がわかるという発想についてですが、これは結論から言って、完全な誤りではないにしろ、これだけでは本質的な段階には達することのない、現象論的な発想でしかありません。
ですから、わたしの学生時代の探求過程を「そのままには」真似する必要はない、と考えてください。
ここに何が欠けているのか、と言うものこそが、「弁証法」、というものであったのです。
たとえて言うなら、人間の身体の各部分を、個々別々に探求してみたときに、人間そのものが理解できるのかといえばそうではない、ということなのです。
全身の身体を総括し、また「統括」するものが何かといえば、頭脳のはたらき、ということになるでしょう。そういうことです。
弁証法というものは諸学問の冠石である、と考えたプラトンの偉大さが、しみじみと感じられる事実です。
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さて、この1ヶ月でお話したいことは膨らみに膨らんでしまっているのでどうしたものか…と思わないではないですが、いつものとおりマイペースでやりましょう。
新しいiPhoneが出たので、さっそくケースです。
紹介するからには、なにか新しいところ、本質的な前進が少しでもなければいけないのですが、今回は一つばかり、見てもらえることがあります。
今回できたのは、これです。
今回のiPhoneは、イヤフォンジャックが下部にきているので、それに伴い、本体の取り出し口は下からになりました。
取り出すとこんなふう。
イヤフォンをケースに巻きつけたまま本体を取り出せます。
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ただここまでは、前回と同じようなことです。
今回、見ていただきたいのはここ。
ケースの断面がどうなっているか、わかってもらえるでしょうか。
外側がブラウン、内側がキャメル色になっていると思います。
これは実は、薄く剥(す)いた2枚の革を張り合わせた仕組みになっているのです。
これが、今回新しく採用したことなのでした。
新しく採用、と簡単に言っても、2mmや3mmの革の裏地を、革包丁で薄皮を剥ぐように削ってゆかねばなりませんから、このやり方の存在自体は知っていても、これまではできなかったことなのです。
それが今回、手持ちの安物の道具でなんとかできるところまで来たので、2年ぶりのメジャーアップデートのiPhone 5に間に合わせよう、ということになりました。
下の写真は、それぞれ作り方の違う3つのケースを並べています。
まず左のiPhone 4ケース。
これは、2mmの革を切って縫っただけです。誰でも作れます。
それから中央のiPhone 5ケース。
これは、2mmの革を薄く剥いて、0.8mmにしたものに、ピッグスエードと呼ばれる薄い豚革を貼りあわせたもの。
実験としていろいろな接着剤を試しましたが、これは接着剤自体が0.1mmほどの厚みを持っている上に使っているうちに剥がれてきたので失敗です。
さいごに、今回完成したiPhone 5ケース。
0.8mmほどに剥いた、馬の鞍に使われる丈夫な革を、オイル鞣(なめ)しされたものと、生成りのままのものの2種類で貼りあわせてあります。
0.8mmといえば、革を注文するときにもギリギリ剥いてもらえる最低の分厚さですが、今回は自分で仕上がりを確かめたかったことと、相応しい接着剤を選定したかったこと、またこれ以上の薄さにするには手間がかかりすぎることから、これ以上の工程には進まなかったものでした。
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日本で数人の革職人さんは、これを0.5mmほどにまで剥いたうえで、おそらく自前で調整された接着剤と、圧着機を使って、合計で1mm以下の薄さを達成しています。
わたしもそうして作られたものをいくつか持っていますが、重さを感じないほどに軽く、また丈夫です。
これを「ベタ張り」といいますが、日本製でしかお目にかかったことはありません。
革製品に関しては、日本の卓越した製法のものを見てしまうと、それ以外の国のものは、失礼ながら雑、に見えてきます。
よい接着剤がまだ見つからない、などの欠点はありますが、これからはこういったやり方も使って、頼まれた革細工をしてゆくことになりそうです。
なにしろ、仕上がりがめちゃくちゃ綺麗です。
これを一度見てしまうと、これまでの革細工を全部やり直したくなってくるほど、です。
ただ欠点というのは、革を剥くのにめちゃくちゃな時間がかかる!ということに尽きます。
なにしろ、わたしの持っているのは300円のホビー鉋(かんな)と圧着(?)のための木の棒だけ、なのですから…。
刃を丁寧に砥いだ上で、ゴム手袋を切ったもので固定しながら革剥きをしてゆかねばなりません。
圧着に関しても、前体重をかけて押さえたあとは、ヘーゲル全集の重みに頼るほかありません。
これだけ時間がかかると、わたしも研究がありますから、製作時間が工賃に跳ね返らざるをえないことも問題です。
ここまでできるようになってから、すでにある優れた作品を再び考えると、日本の職人さんは、あの値段であの品質のものをよくぞ…と、これまで以上に深い尊敬の念を抱かずにはおれません。
2012/09/26
2012/09/02
どうでもいい雑記:咳き込む<から>走るとはこれ如何に
ご無沙汰しておりました。
週明けからいつもの更新ペースに戻れそうです。
ここのところ研究会を連続で開くという無茶をやり、さすがに喉がまいっていました。
そういうわけで、今日はひとり山を走ってきました。
といってもヒルトレーニング(丘の走り込み)ではなく、コンディションコントロール目的ですから、始発で出かけて日が暮れるくらいまで、8時間前後、ゆっくり走り続けます。
わたしのこういう行動を見て、親戚は、「咳き込む<から>走るとはこれ如何に?また出たか根性論!」といって呆れ半分に楽しむのが通例になっているようで、わたしがそれを見てまた笑う、というのもまた通例なのですが、実のところ、理由というのはちゃんとあるのです。ただ、話を聞いてくれない相手にはニコニコしているだけです。
事実この1週間は咳が止まらず、常時のど飴を服用していなければならないというような状態でしたが、咳き込みながらでも2時間ほど走り続けたところで、咳がほとんど出なくなっていったのです。
動きを止めてしまえばまた出てくるのですが、それでもはるかに緩和されました。
長い座学でこもっていた身体の熱が、汗とともに流れていったことは効果が大きかったようです。
いま風邪を引いて病院に行くと、今のお医者さんは解熱剤、というものを昔ほどには処方しなくなっていますが、発汗や発熱、というものについての理解は、ここ数十年で見直されてきていることのひとつです。
ともかくそのおかげで、機能低下を起こしている箇所がよくわかるようになりました。
もっともそれと一緒に、やっぱり楽しいことでも無理し過ぎはダメ、ということもよくわかりましたけども…。
明日からの1週間は、走り続ける、という休養です。
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ただこのようなことは、たとえばインドでは、子供が風邪を引いたら外を走らせる、といいますし、喘息持ちを押して全国巡遊の旅に出た自転車乗りが、いつのまにか完治していた、といった実例もあり、身体の機能が低下しているからといって患部をまるで機能させないほうがよいか、というと、そうでもないのです。
わたしが故障しまくっているのにケロッとしている(…ように見えるらしいです)というのも、故障したな、と思ったときには、ゴロゴロ寝ている、患部をまるで動かさない、といったような消極的な休養をするのではなくて、故障した時こそ時間をかけて自分の心身と対話し、調子を整えるために、長くゆっくり走っているから、という理由もあるのです。
もっとも患部を動かすとカミナリが落ちたような激痛がある、という場合には、筋肉が断裂したりしている場合もありますので要治療ですが、こと筋肉についての軽い痛みであれば、動かしているうちに痛みが引いてきたりすることも少なくありません。
それに、動かしてみていつもの身体運用をしようとしてみたときには、「ここらへんがとにかく痛い」という漠然とした印象がより具体的になり、「ここに負荷がかかりすぎているようだ」、「フォームが乱れているのかもしれない」といった予測も立てやすくなる場合もあります。
故障した器官を休ませすぎて、かえって機能が質的に低下してしまった、という<対立物への転化>は、こういった生理学的な観点からいうことにすると、ほかにも毒をもって毒を制すこと、また種痘の発見、などからも見て取ることができます。
人体の生理現象を調べるときにもやはり「あれかこれか」という考え方をしていては、いちばん近いところにあった解放を素通りしてしまう、という灯台下暗し、になりかねません。
誰かさんのように、故障してみなければ本質的な理解にならない、とばかりに進んで故障しまくる、というのはあまり真似しなくてよいですが、少なくとも、自分の心身としっかり対話し、論理の光を当てて見る、という姿勢とそのための方法論は持っておきたいものです。