2010/12/20

年末年始のごあいさつと文学考察: 世界的―太宰治(修正版) 01

年末ですね。


メールが溜まりに溜まっているのはわかっているのですが、ぜんぜん返信できてません。

メールも返さずにこんなところにいそいそと書き込みをするとは何事だ、
と叱られるかもしれませんが、わたしの優先順位は、
学生>その他の親しいみなさん=じぶん
ということになっておりますので、あしからずご了承ください。

メールそっちのけでここに記事を書いているのは、
幅広い読者に通用する事柄はここに書いてしまったほうが、
個別の連絡にも対応しやすいからです。


そういうわけで、
とにかく文字ばかり書いていて休日も何もあったものではなく、
このままだと年末年始もまともにやってきません。

なのでメールで個別に問い合わせのあった内容も、
文学修行へのコメントと合わせて解答することにします。

◆◆◆

以下は、もともとノブくんの修行
文学考察: 世界的―太宰治(修正版)
へのコメントとして用意したものですが、
最近わたしに、論理のお話などで連絡をくださった方への
間接的・直接的な答えにもなっていますから、
とくに後編02を中心に、ざっと目を通していただけると幸いです。

評論のもととなっている作品はこちら。


でははじめます。

◆◆◆

◆ノブくんの評論

 著者はあるヨーロッパ人が書いたキリスト教についての本を読んだのですが、あまり感服できず、どうもこの本を書いた人物は聖書を深く読んでいないのではと考えている様子。そこから彼は、何故この本の著者が聖書を深く読んでいないのかを考えはじめます。そして彼はそこから〈身近にあると、ものの価値がかえってわからない〉という一般性を導きだしました。ですが、これは一体どういうことなのでしょうか。
 例えば、わたし達は普段何気なく行っている「歩く」と言う動作。わたし達はこの動作をひとつの動きとして見ています。ですが、これを分解していくつかの工程に分けてみましょう。すると下記のようになります。

右足を上げる。この時バランスが崩れるので、左足に体重を乗せながら上げる。
十分左足に全体重が乗り安定したら、右足を前へ出す。そして左足に乗っている体重をゆっくりと右足へと持っていく。
右足を前につける。次第に体重が右の足へと徐々にかかってくる。
ある程度体重が右にかかると今度は左足を前に出す。
そして右足に体重をかけたまま左足を右足よりも前に出す。
徐々に右にあった体重を左足に乗せていき、足をつける。

そして、実際にこれを意識しながら歩けばどうなるでしょうか。今まで自然にできていたことが何処か不自然になり、歩きにくさを感じることでしょう。これはわたし達にとって歩くという動作をごく当たり前に行ってきましたが、ここでその動作を分解することにより、動作を行う際の留意点が多く存在することに気づき意識しました。すると今まで流れとして見えていたものが、個々として見え、かえってその動作を困難にしてしまったのです。
 話を作品に戻すと、このヨーロッパ人の著者にも同じことが言えます。恐らく彼の国ではキリスト教が生活と密着しており、だからこそ個々としてみることが中々出来ず、その価値を見出すことが出来なかったのです。


◆わたしのコメント

 「ヨーロッパの近代人が書いた『キリスト伝』を二、三冊読んでみて、あまり感服できなかった。」という書き出しで、この随筆は始まります。そこでの筆者の主張というものは、以下のようなものです。

 関連本を見るに、キリスト教を生んだヨーロッパの地において、そこで育った人物のキリスト教についての知識は、それほど深いものではないようである。日本人から見てそう言えるということは、キリスト教を異国のものとして輸入し、熱心に探求してきた過程を持った私たち日本人のほうが、いつのまにかヨーロッパの理解を追い抜いたとさえ言えるのではなかろうか。そういえば、外国の新刊本にも私の友人が出ていたことがある。キリスト精神の理解を見ていると、いまに日本は同様にして他分野へも理解を広げ、世界の文化の中心になるかもしれないと思える。そうすると、日本で有数であるということは、世界でも有数である、ということができるだろう。あまり身近にいるものは、その真価がわからないものだ。


 筆者である太宰の主張は単純ながら、明確な論理を持っています。

 彼は、大きく分けて2つの現象の中に、共通点を見て取っています。ひとつに、仏教に親しんだ日本人と同じく、「キリスト教に親しんだヨーロッパ人には、骨肉化したゆえに自分の馴染んだ思想をうまく説明することができない」、という現象。二つ目は、「自分の友人が実は世界有数であることに、身近すぎて気付かなかった」、という現象です。
 これら2つの現象に、筆者は、「身近すぎるものは、かえってその真価がわからないものだ」、という共通点を見いだし、最後に提示しているわけです。論者も筆者の主張に乗る形で、この共通点に着目したあと、「人間が『歩く』という動作」についての考察を展開しています。

◆◆◆

 しかし、これは本当に確かな論理性に基づいているのでしょうか。今回は初心の段階から脱するために、すこし突っ込んでみてゆきましょう。これまでには触れてこなかったことを指摘してありますから、姿勢を正して読み進んでいただけると幸いです。

 わたしが上の段落でまとめておいた、太宰の論拠とした二つの現象のうち、一つ目を見てください。論理に光を当てると、その内容は、こうなります。「幼少の頃からの量質転化によって身についた思想は、それが自然成長的であるがゆえに、量質転化を経たあとでは、かえって明確に言語化しにくいものだ」。ここには、<量質転化>のひとつのあり方が示されています。

 では二つ目はどうでしょうか。その内容の論理性を強調してみると、こうなります。「友人の外国での評価を見ると、それまで自分の中にいだいていた友人像とは違ったものであることが、比較対象が与えられてはじめて浮き彫りとなった」。こう整理すると、ここで働いているのは、<対立物の相互浸透>である、ということになりますね。


 もしこの整理が正しいのだとすると、太宰が2つの現象に見出した共通点は、どういう位置づけにあったのでしょうか。彼は間違っていたのでしょうか。それとも、正しかったのでしょうか。結論から言えば、その両方です。ある意味では間違っており、ある意味では正しかったわけです。では、どういう意味で間違っていたのかを一語で言えば、「筆者の論理性が足りなかったために過程を捉えそこねた」、ということになります。それを立ち入って検討してみましょう。

◆◆◆

 筆者である太宰は作品の終盤に、こう格言めいたことを言っています。「あまり身近かにいると、かえって真価がわからぬものである」、と。

 彼が2つの現象を見て、こういった表面上の共通点しか見いだせなかった理由は、以下のとおりです。

 まず彼は一つ目の現象を見るにあたって、「幼少から馴染んだ思想は、本人には自覚されにくい」ということにだけ着目しています。ところが、その結論を見ることだけに始終して、その過程に踏み込めませんでした。つまり彼は、その結果が「思想は、幼少の頃から育まれてきたことで培われた」、という過程性を持ったものであるとは気づかなかったわけです。
 そうすると、彼の眼には、その一つ目の現象と、二つ目の現象「友人が日本有数であるということに、彼が友人ゆえに気付かなかった」が、同等の現象であるというふうに映ります。

 これらを総合してみると、太宰は、「真価がわからぬ」という表現のなかに、「量質転化によってわからなくなっている」という構造と、「比較対象がないためにわかっていなかった」という、性質の異なる論理構造の二つを混同して含めてしまっているわけです。そういった、違った構造を持つ現象を、その過程性を見過ごして混同してしまったがために、その理由を「身近だから」としか言えなかった、ということになります。

◆◆◆

 また論者の誤りというのも、筆者のまとめた共通点を、一般性レベルのものだと過大評価しすぎたために、自らこの作品の論理性を点検しなかったことに由来しています。加えて言えば、論者の指摘したことは、「運動というものは、矛盾そのものである」、という弁証法の大命題を一般的に指摘したに過ぎませんから、例として的確なものとは言えないでしょう。

 評論を名乗るなら、せめて太宰の論理的な誤謬を指摘せずとも、新渡戸稲造が『武士道』を発刊するにいたったきっかけくらいには本文に即した例示を引きながら、太宰の主張をより深めることくらいはしてほしいものです。(新渡戸は、ベルギーの教授に日本の宗教教育について聞かれ、思い返すとそれが無いということに気付かされ、それでは西洋の宗教にあたるものは何かと考えた上で、日本人にとってそれは「武士道」である、と本書をものしたわけです。)


 評論そのもののコメントとしては、ここまで一区切りです。続いて、やや一般的な話になってゆきます。

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