複雑な工程の不確定要素を取り除くための手段を考えた、と書きましたね。
それは、次の2つでした。
・焦点を絞り込むこと
・出来得る限りあらかじめ規格を揃えた部品作りをすること
前者についてオーナーとの合意がとれたあと、実際の作業に移るとき、わたしは各部品のサイズや革質をできるだけ統一することで、「作ってみたら想定していたのと違った」という要素をできうる限り取り除くことにしました。
前回の記事で使った図のうち、同じサークルで囲ったものについて、同じ革を繋げて切り出すことにしました。
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バッグが出来上がった時には隠されて見えなくなりますが、上フタと下フタについても隣り合った革から切り出して、まるっきり同じ形に整えました。
切り出して縫い穴を開けた後、水に濡らして形をつけたもの。 左が底面、右が天板です。 |
先行きが不安な時にいちばんの手がかりになるのは、「細かなことは依然として進んでみなければわからないままだけども、現在の現象を観念的に延長すればこうなるはずだ」、という論理の力です。
それでもなぜに前処理の段階から、細かな工夫で条件を整えていなければならないかといえば、細かなところのこだわりは、それだけのリスクに直結しているからです。
たとえば、上で取り上げた上フタ、下フタについてはこんな形をしています。
もし単に、四角に切れ込みを入れただけの形にしておけば、もっと楽に外周部の長さを想定することができたと思います。
しかしどう考えても、この角は丸くないといけない。
そうやって迷った時は、まず間違いなく難しい方を選びます。
やってみなければ、どう失敗するのかがわからなくてずっと気になりますからね。
しかし、人様からの頼まれものでコッソリこんな博打をやってしまっているのを公開してもいいものでしょうか…。
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はたして、上の蓋部がさいごの一辺を残してなんとか完成しました。
あとはこれにぴったり合うように、本体部を縫いあげてゆく「だけ」です。
最終的に、下のようなかたちで収まるようにできればいいのですね。
いつもどおり、無心に縫い続けてしまうとぴったり嵌らなくなる恐れがありますから、縫っては形を合わせ、縫っては合わせ、を繰り返してゆきます。
このおかげで、普段なら「(1)切り出して、(2)縫う」という工程であるところが、とても複雑な工程を持つことになってしまいました。
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そのやり方といえば、まずは底面部に「下うち」を縫いつけて、その周りを包み込むように「下まき」を縫います。
ここの工程は、通常なら下うちのあと下まき、といきたいところですが、先程出来た上蓋と合せながら進めなければならず、また下うちを縫い終えてしまうと下まきがとても縫いにくくなってしまう関係上、行ったり来たりの縫い方になっています。
机の上が恐ろしい具合に散らかっていますね…。 工程が分けられないので、必要な道具がそれだけ多くなるのです。 |
わたしはプロのような工具も持っていません(無駄な工具を買い足すと、価格に跳ね返ってしまいますから)から、ある程度縫っては針を入れ替え、という作業をしながら縫い進めます。
固定具(レーシングポニー)も持っていないので、靴下を履いて両足で支えます。
四肢が最高の道具です。
それに、バッグ全体の重量を支えるための体幹である下フタと下ウチを強固に縫い止めておかねばならない以上、普段の2倍手間がかかる縫い方をしているため、まさに牛歩の如く、です。
できてきましたね。 ここまで縫い上げるのにかかった時間は、15時間ほどです。
この時点で、どうやら目論見通り箱型になりつつあるようで実にホッとしました。
わたしの想定したリクツが間違っていたら?もちろん初めからやり直し、です。
体幹となる内革は3mm革、外周部の外革は2mm革です。 この写真で正面に来ているのはバッグの背面側ですが、縫い始め(両サイドの縦の縫い目)が内革と外革で違うのは、同じ所から縫い始めると箱としての強度が下がってしまうので、それを避けるための工夫です。 |
下フタと下ウチを微調整して、なんとか蓋部と嵌るように縫えました。
結論から言うと、上蓋部の周囲の長さを1mm余分にとることで、蓋部と本体部がぴったりはめられる仕組みを作ることができました。
これは、実際に作ってみなければわからなかったことです。
はまった…!感動の一瞬です。
結局、だいたいの形になるまでに50時間ほどかかりました。
工業製品の場合は、おそらく接着剤で形を組み立てた後に、穴を空けて縫う、というやり方で手間を減らすのではないでしょうか。
わたしの場合は、接着剤を使うとオーバーホール(経年劣化した後一度分解して縫い直すこと)できなくなるのが嫌で、いつも接着剤は一切使いません。(今回のバッグは裏側をつけたので、はじめて使うことになりました)
(3につづく)
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