2011/10/26

作家がペンを手放してはいけないのはなぜか:原則と実践の問題 (3)

(2のつづき)


前回の節では、原則というものの持つ意味合いについて触れてきましたが、一節で述べた表現過程についての構造も、そういった学問的な原則のひとつであって、それだけに大きな力を持っているものとして理解していただいて結構です。

「対象→認識→表現」という図式は、文芸の作り手の立場に立てば、物質的な対象を像として認識の上に反映させ、それを元に表現するというところを明らかにしていました。

ところでこれは裏返し、作品の受け取り手の立場に立って見るときにも大きな示唆を与えてくれます。
その理解の過程は作り手の場合とは逆向きの矢印を辿ることとなり、ある表現を見た受け取り手は、そこに現れている表現の裏側に、作り手のどのような認識があったのかと捉え返しながら、作者がその表現の込めた思いを自分のアタマの中に描いてみるということなのです。

◆◆◆

この原則を知ったときに、ただ単に知識的に丸暗記するのではなく、実際の表現活動に取り組むときにも、この原則に基づいてその活動をしてみることができているでしょうか。

この図式は、なにもわたしが経験的にポンと思いついたことを述べたわけでは決してなく、それなりの学問的な歴史を内に含んでいるものなのですから、原則を踏まえながら目的的な活動をするということは、自らのものごとの進め方を学問的なものとしてゆく、つまり自らの認識をも学問的なものとして技化する、という過程でもあります。

学問というものは、人類最高の…もうおわかりですね。

さてではもし一人の作家が、この原則をふまえて創作活動に取り組むときには、どのような実践となってゆくはずなのでしょうか。

「なるほど表現というのが、生活の中で得られた対象を認識として反映させたものであるなら、認識の素材となる対象を豊かにする経験をより積むことと、それを受け止める自分の認識の力を増してゆかねばならないということになりそうだ。
たとえば戦地から戻った人間が、詳細な描写と鬼気迫る人間の生きようとする姿を描き出せるのは対象が深みを持っているからであり、また認識の力が文筆活動には必須であるというのは、夏目漱石が英文学の素養を持っていたからこその遅咲きの作家デビューでも、あれほどの力量を持ち得たことを根拠付けているようだ。」

このように、作家として上達するにあたっての、ものごとの取り組み方を整理してくれます。

そしてまた、作品の受け取り手が、ある表現をどのように理解するかの過程が、創作活動とは逆向きの矢印を辿ることを見れば、作家にとっての認識論の必要性も一般的に把握しておくことができます。

「自分が前に書いたあの作品、自分としては相当に手応えがあったと思っていたのに読者にはあまり伝わらなかったのは、もしかすると表現がひとりよがりになっていたせいかもしれない。そういう意味では表現というものは、単に自分の心情を吐露するという意味を越えて、私と読者をつなぐものとして受け止めねばならないのか。そしてそれが、前回の失敗の原因だったのか。そうするとこれからは、読者が自分の表現をどう受け止めているのかをもっと自覚して捉え返してゆかねばならないのかもしれない。」

◆◆◆

ここまで書いてくると、わたしが今回タイトルにすることにした、「作家がペンを手放してはいけないのはなぜか」という問いかけについての答えも、考えていってもらえるのではないでしょうか。

もしこの原則を守って考えてみれば、目的意識はこうなるでしょう。

対象となる経験を増やすことを心がけ(「対象」)、
それを受け止める土台となる認識の力を増すための感受性の訓練をし(「認識」)、
表現手法を他の作品から学ぶこととともに(「表現」)、
対象から認識へと至る認識論を探求し(「対象→認識」)、
認識から表現へと至る技術論を作品を書きながら究明し(「認識→表現」)、
そしてさらに、読者の表現を観念的に捉え返しながら作品を見直す(読者の立場に立った「認識→表現」過程の観念的二重化)。

春風や冬空、みかんの色や猫のしぐさなどの自然現象があらゆる素材を提供し、人間の日常が豊かな表現に満ち溢れているときに、こういった目的意識を持ってまわりを見渡すなら、無限とも言えるほどの発見事実があることがわかるとともに、日々すべてを押さえておくことのできる技を作るには、また実際に技を使い続けるにはいかなる努力が必要なのかも自ずと知れるでしょう。

◆◆◆

タイトルはわかりやすいものを選びましたが、これはなにも、作家志望の人にだけ言いたかったことなのではなくて、表現に関する仕事に携わって、そこで一流を目指すのだと志していながら、なにやら考え事をするばかりでなにも行動していない場合があることを、問題視せざるをえない状況が散見されたからです。

「表現する」技術に圧倒的な自信があり、その上で大きな下調べが必要な場合にならまだしも、初心において手を動かさないというのは、上達論の観点から言えば、画家にとって、作家にとって、致命的とも言える欠陥を含んでいます。

「死ぬまでペンを手放さない」というのは、作家の最後を看取った者が語る美談などに限られることではなく、また単なる作家としての姿勢にとどまることでもなく、これはそうでなければ上達はあり得ない、というほどの重大事です。

できないなりにもとにもかくにも毎日手を動かして作品を作り、厳しい評価を受けながらでも一歩ずつの前進をして来なかった人間に、表現者としての成功は絶対にありえません。

それは、厳しい評価を受けるということが直接に、次なる表現の足がかりになるからです。
もし残念ながら、正しい評価をしてくれる主体がいない場合には、自分が観念的に創り上げた先達の立場に立って、「あの人ならこの作品をこう言うだろうな」と捉え返すという、孤独な作業が必要になるのです。
直接的な指導を仰ぐことのできる人物が、身体を持って近くにおらず、本の中にしかいないというのは、自分が根こそぎ狂っているかもしれないという疑念を完全には払拭できないという思いに恐れ慄きながらの探究と指導の日々を過ごさねばならないということでもありますから、わたしは自分のあとに続く人たちにだけは、そういう思いをさせたくありません。
怒られるにせよたまには少しばかりの褒め言葉をもらうにせよ、それがどんな内実であろうと、評価を受けるというのは、大きな前進のための手がかりなのです。

それが表現をし、それをもとに評価をされるということの直接的な効用であり、また間接的には、そこでの評価を積み上げることを手がかりに、「あの人ならこう評するだろうな」というふうに指導者を観念的な像として持ち、そこに問いかけ浸透する中で対象と触れ合う機会を増やす生活を整え、認識し、表現し、上達してゆくということもできます。

すべては、表現することからしか始まらないのです。

それでも自分の力が及ばないことを目のあたりにするのが嫌で、また怒られるのが怖いのなら、ペンをしまったままにしておけばよいでしょう。

もし自らの生涯をかけての夢というものが、近所の物知りとして知られたい、くらいなのであれば、なにも厳しい毎日を過ごして、恐ろしい言葉で怒られる必要などどこにもありはしないのですから。

◆◆◆

「なるほど文芸に携わる人たちはたいへんだなあ」と他人事のように考えている読者の方のため、念のために断っておくならば、わたしたちの人間の仕事に、「表現」にかかわらない営みというものが、果たしてあるだろうかと考えてみてください。
今回の記事を手がかりに、なぜわたしが以前に、一般の方にも日常生活の中で弁証法を見つけ、日記をつけることを強く勧めたのかを考えてみてください。

ひとつめの節の最後でも述べたとおり、芸術家や作家のような、実体的な作品を創り上げる仕事だけが表現にかかわる仕事なのではなくて、人とのコミュニケーションをとるのもひとつの表現ならば、会社組織の内部で、外部で働くほとんどのひとが日々の仕事の中で表現を行なっていることがわかるでしょう。

もし家に帰ったときに、仕事ではあれだけ頑張っているのに家族に評価されないということがあるのなら、家庭での振る舞い方が仕事の質とは違っているからではないか、もしくは仕事の振る舞い方を度外れに家庭にまで持ち込んでしまっているからではないか、そう考えてはみられないでしょうか。

原則が、そこから個別の事例を引き出せばきりがないほどの含意を与えてくれるのは、それが、芸術家や作家など、これまでの歴史の中で表現という人間活動に携わってきた者と、それを体系化した学者たちの議論の末に勝ち取られてきた、「頂上まで登りつめるための方法」であるからなのです。

その一般的な表現の中に、あらゆる失敗のなかで磨き上げられてきた正しい歩み方が、わたしたちの行き先を照らしてくれるからです。

もしあなたがその経緯を知っていたなら、自分が学問的に考えるときには必ず、かつての偉人たちが背中に手を当てて、「自信を持て、お前は間違っていない」と支え続けてくれているのがわかるはずです。(表現論の生成されてきた過程は、前に触れた書籍、三浦つとむ『芸術とはどういうものか』などから大まかに学べます。)

個人的な経験だけの方法をとるか、人類総体としての叡智を自分の技として身につけてゆくかの選択は、当然ながら自由なのですが、天の才を誇ったはずのあらゆる人物が、そこかしこに口を空けている落とし穴に嵌ってしまった歴史を見ると、ひとつの道が、とても光なしには歩いてゆけない険しいものであることを知るのは、難しいことではありません。


(了)

作家がペンを手放してはいけないのはなぜか:原則と実践の問題 (2)

(1のつづき)


前回の節では、表現過程についての原則を取り上げました。

それは一般的には「対象→認識→表現」であり、以前からの読者のみなさんにとってはもはや常識と言ってもよいほどの事柄ではあると思います。

ただ今回の一連の記事では、そういった原則を本当の意味でわかるとはどういうことなのか、というところに力点が置かれています。

◆◆◆

そもそもなぜに原則というものが必要とされるのかといえば、登山に例えて言うなら、それが山頂まで間違いなく辿り着くための道しるべになってくれるからです。

やる気を出せばなんとかなる式のやり方で学問という山を登ろうと志しても、その時に問題となるのは、「頂上までたどり着くことのできない道もある」ということであり、歴史を見れば、そういった無謀な試みは星の数ほど散見されることがよくわかります。

歴史の中には、あらゆる試みがあるのは確かながら、では現在でもなお色褪せない「古典」が、確かに残っているのはなぜでしょうか。
時代の寵児と言われながら歴史の風雪に耐え切れずその名を残すことがなかった作品と、その時代には評価されずとも現代にはその名を残している作品とは、どこが違っていたのでしょうか。

学問の世界では、そこでのはたらきを、「歴史性」と呼んで理解します。
古典的な名著は、歴史性を宿していたからこそ、そう呼ばれることになっていったのだ、ということです。

◆◆◆

ここで余談ですが、するどい一般の読者のみなさんは、「おまえは『古典に歴史性が含まれている』と言うが、事実的に古典的な名著とされる作品は誰でも挙げられるのであるから、それが残ってきた理由を云々したところで、結局恣意的な意味づけにすぎないのではないか」と思われるかもしれません。

言い換えれば、「歴史性が含まれているから古典となった」のではなくて、「古典として残った作品を歴史性を含んだものとして解釈しているだけ」なのではないか、ということですね。

とても良い質問です。

論理とは歴史的に生成されてきたものであり、歴史的な流れの構造をふまえることこそ論理なのであるという一事を押さえる場合でなければ、結論だけを言われてもなかなかピンとこない、という思いは(論理的にはともかく感情的には)とてもよく理解できます。
そしてそれは、学問の構築論にとって本質的な問いかけです。

わたしも学問の道を、経営学史研究からはじめて、学史一般学というものがありうるはずだと仮定したところで、数年間立ち止まって考え続けた人間でもある(思い返すと目頭が熱くなるほどにとても、とても長い年月でした…)のですが、ここではその疑問はそれを持った読者のみなさんが本当に納得するまで決して離さないで持っていてほしい、ということしか言うことができません。
それは、この部分の説明は、Blogなどではとても触れることのできないレベルの広がりと精確さを必要とされるからです。

ここでの記事を数年間読み続けてもらえれば、おぼろげながら歴史性についての像を描けるのではないかと期待しますが、それを待つよりも、最高の疑問を持つということはすでにもっとも答えに近いところにいることでもあるので、ご自分で専攻分野の歴史を歩まれてみて、そこでの歴史的な論理性(歴史性)がいかなるものなのかを探求することを強くお奨めしておきます。
問いかけそのものは正しいので、決して捨てないでください。

とりあえず、というところで、論理のレベルではなくて事実的な証拠に限って言えば、大哲学者ヘーゲルの哲学が、一般には「歴史哲学」と呼ばれていることや、ニュートンやアインシュタインなど歴史に名を残すことになった科学者が、例外なく科学の歴史に強い関心を持っており、科学の歴史についての書籍を書いていたことを想起されれば、十分な事実を確認できるはずです。

余談はここまでです。

◆◆◆

さて文芸の世界はさておくとして、少なくとも人類最高の叡智の結晶であるところの「学問」を扱う世界では、かつての偉人たちが創り上げてきた山を自分の足で登りきった上でなければ自分があたらしい歴史を創ってゆくことすらかなわないという重大な一事であったので、歴史性についての探究は、他の分野よりもよりいっそう強い形で自覚され、また深められていったということです。

そもそも、世界の根底に存在している真理を探求することが学問の役割であるとするならば、人類文化のひとつの形態である文芸についてもその射程内に収まっていることは当然というものです。

それでも、決して歴史は浅くない、どころか学問よりもはるかに歴史の深いはずの文芸という人類の営みについての「山頂までの登り方」が闇に包まれていたというのは、文芸側のそんな単純に割り切れるものではないといった自負を含んだ想いと、学問の側の実力不足の両面が原因となってきていたのでした。

前者の問題について言えば、たしかに文芸一般における歴史的な作品を見わたすときには、属人的な要素がとても強いように思われて、その歴史はあたかも、突如として現れた天才の手によって彩られてきたようにも思えます。

英文学に造詣の深い夏目漱石、科学的な素養のあったレオナルド・ダ・ヴィンチや、仏人思想家と交流のあった岡本太郎などはともかく、他の文筆家や芸術家の作品のなかに、歴史性なるものが含まれていたかと言われれば、必ずしもそうではないとも思えてきます。

しかし、「文芸は論理で単純に割り切れるものではない」という感触は、なにも文芸と言わずとも、高度に発達した感情を持つ人間という存在を論じるときには、ごく一般的に提出される反論のなかにも含まれています。

「人間は感情の動物である」と言われたり、パスカルが「心情は理性のあずかり知らぬところにある」と言ったり、果ては坂本龍馬が「人間は理ではなく利で動く」と言ったからこれが真理なのだとか、人間心理のうちの感情を強調したことばというものは、あらゆるところで人間の究極的な駆動要因として扱われていますが、これらは、感情と理性とが相反するものであるという前提に基づいているのであって、実のところ感情と理性というものは、あれかこれかと扱われるべきものではないのです。

現実が複雑であって理解の難しいものであればあるほど、その原則に降りて考えてゆくという姿勢と考え方、つまり学問や原則が必要なのであって、難しいからという理由を盾にとってわからなくてもよいというのであれば、それらは必要ないわけです。

学問は、複雑な人間心理であればこそ、論理的に理解しようとし、そのやり方を深めてきました。
そして同様に、そこでの認識論を踏まえた表現論は、文芸を志す人間にも、「頂上まで登りつめる」ための考え方をも提供するところにまで到達しつつあります。

◆◆◆

そういう理由があって、わたしのやり方も、単なる思いつきや経験主義的なやり方、また人生論のレベルではなく、学問のやり方に倣っているものですから、その目指すところもやはり、「頂上まで登りつめる」というところにしかありません。

一流という言葉は、頂上まで登りつめた上で、さらに次なる時代へ向けての道を創り上げてゆくことのできた人物だけに与えられるのであり、それ以外ではないのであって、この厳しさは、二流というものを許さず、それ以外は三流と呼ぶしかないほどに明確な区分があるほどのものだと言うべきです。

原則を押さえるというのは、おおむねこのような意味合いを含んでいるものであり、それが必要とされる理由は、それがなければ「頂上まで登りつめる」ことが叶わぬからに他なりません。

手前味噌に聞こえるかもしれませんが、わたしがあたらしい分野の基礎的な理解を、3ヶ月をめどに目標を立てて、知識的・技術的に、実際にある程度の段階にまで達していることを、身近にいる人は見てきていると思います。
これがなにもこのblogを書いているひとつの身体を持った個人の自慢などではないことは、この方法が、これまでの歴史を創り上げてきた人類が、星の数ほどの失敗の中で掴みとってきた学問的な方法を踏まえているからこその近道でしかないことからもわかります。
これはいわば学問の力が、歩むべき道を照らしてくれているだけにすぎないのであって、わたし個人の特殊な才能などでは決してないことと理解すべきであり、それはとりもなおさず、読者のみなさんも同じやり方を持ってすれば同じように進んでゆけることを意味しているものと理解してください。

一般の人たちが像として描いているような個人の「天の才」などは、人類総体としての叡智から見れば大した力を持ってはいません。
子供の頃には文字の読めなかった人間が、今では一日に200ページの学術書を読み、2万字の文章を書き、能力の高低を度外視して志だけを見て人を選び一定の段階まで指導していることを、学問の力を抜きにして説明できますか。
正しい方法が理解されたのであれば、あとは努力を重ねるかどうか、単にそれだけのことではないでしょうか。
生まれや育ちを言い訳にするのは、もう止めにしましょう。


(3につづく)

2011/10/18

どうでもいい雑記

今年は秋が長いようだ。


わたしは秋生まれだと思っていたのだけど、ちかごろの日本は、春、夏、冬!というような季節感だったので、もしかして夏生まれだったのかしら、と思い始めていたところである。

去年の今頃といえば、半袖で過ごしていた次の日にいきなり木枯らしの吹くような季節になっていて、心底残念な思いをしていたのではなかったか。

わたしは毎日外を走りに行くし、天気のいい日にはベランダで寝袋を使って寝たりするので、季節の変化には人とは比べものにならないくらい敏感なのだと思う。

季節の変化を、目から、耳から、口から、足の裏まで体全体で感じ取りながら生活することを心がけることは、大きな意味で地球環境との浸透を図ることに他ならない。

地球から独立した活動を行うようになった生命体は、地球の環境と繋がりつつ繋がってはいないという矛盾、つまり運動の形態として、「代謝」というはたらきを創り上げた。
環境から取り込んだものを自分化するとともに、それらを違った形に変えて環境へと戻すことで、自己の運動が直接に環境の運動を作り出している活動がそれであるが、そこでの独立というものは、あくまでも「相対的な独立」でなくてはならないところに、地球で育まれた生命体としての本質がある。

地球とのつながりが希薄になるような過ごし方、たとえば数百メートルもある高層ビルの屋上で引きこもって生活したり、スペースシャトルでの生活を行ったりすると、人間の身体というものは人間らしい生命活動を維持できなくなってゆく。
地球で生まれて地球で育ってきた生命体という歴史性を持ったわたしたちの身体は、大地を離れては生きてはゆけないわけである。

ついでに言えばだからこそ、地球の外に生命体を探すなどという試みが徒労に終わってしまうことにもなるのだ。月を媒介にした太陽との相互作用によるという極めて特殊な条件のもとで育まれることになった地球の生命現象を、あたかも普遍的に存在するもののように扱って、度外れに押し付けるというのは誤りである。

宇宙のことを調べてみるのも大いに結構だけれども、わたしたちは人間であるから、足元のことからしっかりと始めなければならない。身の回りの生活も、それと同じである。

◆◆◆

わたしはこの前から、いつものランニングを朝起きてすぐの時間に変えて、生活全体をそれにあわせたものへと整えてきたけれども、朝から身体を運動形態に整えておくと、いろいろなことがとても楽に進められるようになってきた。

朝の空気を吸い込みながら走るのは、時間が許せばもっと走っていたいなと思わせられる気持ちの良さがあり、今日はあれもしたい、これもしたいと思いを巡らせてみて、その日にできるぎりぎりの目標を組み立ててみる。

もっと走りたいけど時間も時間だし、あしたもまた来ようという思いを残して朝日が昇り始めるのを眺めながら自転車をこぐと、交通が動き始める頃に帰ることができるから、行き帰りで15分くらい時間が浮く。もうひとつ語学でもできそうである。

できれば裸足で、季節の彩りを眺めながら走ってみたいという気持ちもあるけれども、環境そのものの制約もあるから、いまのところはこれが限界のようだ。

しかし大人はまだしも、その都合に振り回されて都会のど真ん中の高層ビルで育てられている子供たちというのは、なんとも不憫としか言いようがない。
育ち盛りのころに、下の階に響くからと廊下も走らせてもらえないのであれば、心身ともにどれだけの歪さを備えて育ってしまうのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。

生活というのは、人生をとおしてゆるがせにしてはならないもの、人間の本質を見据えてはじめて必要とみなしうる過程なのであって、生活が先に立つようでは「人間」の居場所などなくなってしまう。

日本人は、それを見据えるのが、実に下手である。

◆◆◆

さて、この文字ばっかりのBlogに来ちゃうような読者のみなさんは、本質を見据えすぎて爪弾きになり始めているころかもしれないけれども、やっぱり秋というのは、あれもしたくなり、これもしたくなるという季節のように思える。

事実この過ごしやすい時期には、新しいことをはじめるにはもってこいだと思うのだが、読者のみなさんはなにか新しい計画をお持ちだろうか。

わたしは来年から、いくつか動かしたいことがあるので、時間の合間に計画を練るのが楽しみなのだけども、とりあえずはいま取り組んでいることをきれいに終わらせてしまうのが先決である。

こう書いて思い出したけれども、先日の自転車用サイドバッグについて、サイズ感のわかる写真を載せろと言われたので、ついでに載せておくことにする。

◆◆◆

後ろにあるのは、Herz(ヘルツ)製の「ソフトダレス(Mサイズ)」。
無印良品製のA4バインダーを入れたところ。
3冊いれるとぱつんぱつん。
◆◆◆

それからもうひとつ、サイドバッグを自転車に備え付けて走っていたら、鞄が落ちた。

こんなもんを人に使わせるわけにはいかないどうしたものか、と思っていたら、原因が判明。

ずっと前に作った革ベルト
上の写真のベルトで自転車のキャリアに固定していたのだけど、 これが実際に使われるときには、下の写真のようになる。


下のベルトがそれだ。

写真の金具部分を見ればわかるとおり、薄い革でベルトを作ると、ヒネリ(金具)の頭が斜めになっている。
これだとはまり方が緩いから、運転中に振動を受けると頭の部分が飛び出して抜け落ちてしまうんだね。

今では上のものに作り変えられているから、こんどはこれと同じものに、もう一重のロックを重ねたものを作って試運転を重ねてみる。

ただ試運転するのも時間がもったいないので、20kmほどサドルに載らずにずっとダンシングで乗っているのだが、これが下半身だけでなく上半身も全部使って乗れるからけっこう楽しい。

サドルを取っ払ってもよさそうだけど、サドルのない自転車に乗っていたら捕まるのか、どうか。

2011/10/17

作家がペンを手放してはいけないのはなぜか:原則と実践の問題 (1)

前回の革細工の記事で、


ものづくりの大原則は「現実から謙虚に学ぶ」ことだと書きました。

◆◆◆

このBlogを見ていると、日常生活の隅々にある発見事実や文芸などについてまでも、「原則」などというものものしい言葉を土台にして理解を進めようとするので、事実的な困難にぶつかったことのない人にとっては、なぜ普通にやればできそうなことでもそんなに難しく考えなければいけないのだろう?という疑問が出てくるかもしれません。

その理由は、結論からいえば、解くことが難しい問題にぶつかった時こそ、原則に立ち返って考えなおして見ることが、とりもなおさず重要なことだからです。

あなたがもし経営者として会社を運営していて、先行きの見えない時代に重大な選択を迫られたとしたら、なにか頼るものはあるでしょうか。それは創業者の言葉かもしれませんし、神がかりかもしれませんし、占い師の言葉かもしれません。どこのことばを念頭においたとしても、それなりの成功を収めることができるかもしれませんが、それは果たして本当に最良のやり方だったのだろうか?という思いが頭をよぎりらないとは限りませんね。

あなたの仕事が経営者であるなら、従業員とその家族の生活を一身に引き受けているわけですから、これは相当に、身に応える決断であるといって間違いがないのですが、もし同じような決断を、患者の生命を一身に担っている医師や看護師がするのだとしたら、要求される精度がまるで違ってくることも想像できます。

経営者が未だに神がかりに頼っていてもいい(?)のに、医師や看護師がお祈りやおまじないなどに頼っていてはまともな決断ができないどころか重大な医療事故として扱われざるをえないという事実から考えてゆくと、後者の場合には、彼女や彼らが依って立つ指針というものが、輪をかけて確実な、科学的なものでなければならないことがわかります。

◆◆◆

わたしは学問の道を志してから、立場や役職やそこでの仕事がどんなものであるときにも、必ず学問的な生き方と考え方をしなければならないと心に誓ってやってみて、そのものごとの見方と進め方がやはり、どんな仕事を行うときにでも、ときには趣味や生活の進め方についても非常に有効なものであることを確認してきたので、みなさんにもぜひとも同じところからものごとを見て欲しいと思っているのです。

原則から始めるというのは実は、後進に正しくものごとを伝えてゆくという指導や教育に携わっている人ならばなおさら、誰しもが実践しなければならない考え方なのであって、それは個別的なあれやこれやの細かな知識を伝えるときの、今日言ったことが昨日言ったことと食い違っているかもしれないという恐れに苛まれることなく指導の実践を進めてゆくに当たっての導きの石となってくれるからに他なりません。

ともあれ、どこにも反論の余地のないような原則を振りかざしてみても、現実的な実効性を持たないわけですから、次にはその原則が、現実にわたしたちが直面する実践を、どれだけ確実に導いてくれるのかを見てゆくことにしましょう。

◆◆◆

今回挙げる例は表現についての原則の扱い方になりますが、残念ながら反面教師としてのそれであることをお断りした上で述べてゆくことになります。

以前から、ある表現過程は、「対象→認識→表現」の順を辿って成立してゆく、ということを原則として述べてありますね。

たとえばある画家が、机に置かれたリンゴを鉛筆でデッサンするときには、対象となるリンゴをじっくり見て、それをしっかりと像として頭の中に思い描いたあと、実際に手を動かしてキャンバスに描いてゆくことになります。

この過程を別の面から見たときに、物質的な対象を観念的な認識として反映させ、それをもう一度物質的な手段で写しとるという意味で、否定の否定の関係を見いだしてもよいのでした。

ちなみにこれは学問で言えば、唯物論の立場からの規定であって、観念論は認識が先天的に存在するところから論じ始めますから、この限りではないのでしたね。

◆◆◆

さて、ここまではこれまでこんな文字ばかりのBlogに熱心に着いてきてくださった読者の方なら、あまり問題にはならないでしょう。

さきほどの創作過程は画家の立場からなるものでしたが、次に問題となってくるのは、鑑賞者側がその作品をどう受け止めるのか、という鑑賞過程の構造です。

よほど観念論にやられていないかぎり、額縁に入った絵画作品の中にも作家の魂が宿っているなどと、(感触としてはともかく)事実的に考えたりはしないはずですから、難しいお話には立ち入らずに、ひとまず鑑賞者が目の当たりに出来るのは「表現」でしかない、というところは押さえてもらえるでしょう。

そうすると鑑賞者は、画家のものしたリンゴのデッサン画を眺めて、そこから画家の認識がどのようなものであったかと、創作過程の矢印を逆向きにたどりながら、彼女や彼の認識を自分のアタマの中に、できるだけ精確に持とうとするはずです。(観念的二重化)

キャンバスに描かれたリンゴは、すでに色を失っていますが、そこに顕れている陰影を手がかりに、鑑賞者は、画家が目の前にありありと映していたであろうリンゴの瑞々しさを読み取り、なるほどこういうことを伝えたくて筆をとったのかと捉え返します。

その関係が築き得るときにはじめて、作品のことを表現形式といい、作品と認識の間にある客観的な関係を表現内容と呼ぶのであって、表現があまりに鑑賞者の日常からかけ離れている場合には、じっくりと何回も時間をかけて鑑賞したり、周辺事情や他の作品、時には画家の生い立ちなどを手がかりに読み解いてゆく必要に迫られるために、未読にはそれなりの時間を要するということになるわけです。

◆◆◆

今回の例は、表現過程のうち、文芸の創作過程を取り上げて簡単に説明しましたが、これはなにも、画家と鑑賞者の関係だけに限られるのではなくて、恋人同士、看護師と患者、指導する者とされる者との関係など、広くは人間の認識が現れるところすべてに共通する一般的な表現過程の構造を示しています。

表現というのは何も、固定化された実体的なものだけではなくて、すれ違いざまに舌打ちをされたり、自分の好きな曲をCDに入れたものを贈られたり、試合中に目と目が合ったということも、表現に含まれます。

ここまでのことは、以前からの読者であれば、「それは何回も聞いているからわかってるよ、今回の本題は?」という感想を持つかもしれませんね。

ところで、その「わかっている」というのは、本当にそう言えるでしょうか?
「わかっている」というからには、図式や概念を知識的に丸暗記しているのではなくて、実生活をとおして上で挙げたような原則を手がかりに、失敗から正しく学んで、一歩ずつ本質的な前進が認められる生き方をしていることには自信がある、ということだと思いますが、本当にそう言えるでしょうか。

それこそが、今回の本題です。
なにやら怒られそうな気がしてきた人は、きっとそのとおりになると思うので、気持ちの準備をしておいてください。


(2につづく)

2011/10/15

今週の革細工:自転車サイドバッグ

今週はほとんど更新できませんでしたが、


待機中にも手を動かしていました。

感情に強い揺さぶりを受けたときにどう対処するかというと人によって違いがありますが、わたしの場合には、なにも考えられなくなるほど身体を動かします。
それが叶わないときには、創作活動に限ります。

現代病と言われるうつ病は、大きく言えば自然との反映が崩れていることによる不調であり、構造をのべれば相対的な独立が度外れに進みすぎていることによって起きています。
もっとも社会性も原因の一つですが、常に何らかの手作業を強いられていたり、ほころんだ服を修復する必要のあった時代にはうつ病というものが表立っては存在していなかったことを見れば、どのように対処してゆけばよいかを考える端緒につくことができます。

ともあれわたしはいつも動き回っているので、そうなる暇自体がない気もしますけれども。

◆◆◆

そういうわけで今回取り組んだのは、自転車用のサイドバッグです。

よくあるサイドバッグ。

先週末にツアーに行ったところ、前回の記事で作ったフロントバッグが思いの外好評だったようなので、今後のためにも、自転車に関する革細工は全面的に試作しておくのがよさそうだということになりました。
前回のバッグを作るための金具を取り寄せているあいだに構想はふくらませていたので、実作業にはすぐに取り掛かることができました。

上の写真が典型的なサイドバッグですが、わたしにとっていちばんの問題は、「常用できない」ということです。
取り外すのも面倒なら、取り外しても変なところに取っ手があるので持ち運ぶときには一歩ごとに足に当たってきます。

そういうわけでとりあえずの目標は、「普通の鞄として使えるサイドバッグ」でした。
そしてたどり着いたのが、Herz(ヘルツ)という革鞄ブランドのこのモデル。

Herzの某屋根かぶせバッグ。
このブランドのバッグは、わたしもいくつか持っています。
天井部に革でつつんだ木の棒を備えている棒屋根式のバッグなら、通常なら型崩れをふせぐためにスチール板を入れ込む必要のあるサイドバッグとしても十分使えそうです。

見れば、ベルトを緩めることで容量も増やせるので、これまでのバッグづくりで機能的に入れ込んでいた「普段は小さく、一時的には大きく」できる容量の可変性も実現できています。

◆◆◆

自転車のキャリアとにらめっこしてしばらく検討してみましたが、バッグが手元にないことにはどうにも想像しにくいところが多すぎて、考えるのにもつかれたので、とにかく手を動かすことにしました。

普通のバッグを備え付けるという発想で作られたサイドバッグが皆無であったことと、
わたしの技術が市販されているそれに追いつけるのかがわからなかったのです。

こういうときには、とにかく行動して、失敗から学ぶに限ります。

そうしてできたのがこれ。
作業時間は30時間ほど、裏地からの縫い付けが極めて困難なので、次のモデルはもっと“手抜き(本当に手を抜くわけではないですよ、行程を見なおして効率化するということです)”したいところ。

意匠はいつもの調子ですね。
モチーフは、「狼」と「ブラック」です。
基本的に目的を満たす範囲内で、変える必要のないところは先達の作品のままです。
自転車に備え付けやすいように、背中側が垂直になるようにしてあります。
前面と背面のバランスが悪くても、棒屋根に取り付けたO型のリング(丸カン)が重量の偏りを均してくれます。
丸カンはキャリアに装備するときにも有効に作用するはずで、ますます自転車向きですね。
ほんとうに変えるところが少なかったです。

内側の手前側は、切りっぱなしの革の断面が手に当たるとざりざりして不快なので、折り返して縫い合わせ。
型くずれを防ぐための工夫でもあります。

ベルトを緩めると側面が広がり、典型的なサイドバッグの形状に近づきます。
こうすると、容量は一般のサイドバッグよりも大きいほどです。
通常時でも、A4のノートだけでなくA4書類を入れるバインダーが入ります。

蓋の横にある耳を出っ張らせたのは、側面が必要以上に内側に入り込まないようにするため。
正面からの写真を見ると、蓋の部分がここにひっかかって
全体としての形を維持しているのがわかってもらえると思います。
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サイドバッグとして使い勝手はどうでしょうか。

丸カンにベルトをとおして固定。
丸カンのおかげで取っ手が手前に倒れるので、バッグをキャリアの天板ぎりぎりに固定するときにでも、
上部に荷物をくくりつけるのに邪魔になりません。
ほんとうに、自転車のために設計されたようにしか思えませんね。
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今回は、技術的に本当にできるのかがわからなかったので、とりあえず全体としての形を完成させることを優先したため、取り付ける方法についてはあまり深く考えませんでした。
裏面や底面もまだすっぴんのままです。

とりあえずこれで仕事に行ったり自転車にくっつけて外を走りまわってみて、欠点を洗い出してゆきます。

1m以上の革が取れずに肩掛けベルトが作れなかったので、
家にあったアクリルに革を縫いつけてベルトにしました。ベルト調整機能もなし。
余計なものをつけていないので革鞄としてはとても軽く、800gを切っています。

蓋を閉じたままでも側面が開けられるので、
肩掛けベルトをとりあえず突っ込んで自転車に乗ることができます。
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前回までで、何回かバッグを作ってみてわかったことは、「試作品は、一般的に作るべき」である、ということです。

たとえば、それがバッグであるなら取っ手をつけておく、自転車用のバッグであるならフロントにもサドルにも備え付けられるようにしておくなど、用途にふさわしい機能をすべて盛り込めるようにしておくべきだということです。

どんな工業製品をみてもわかるとおり、つづく作品にあたらしい機能を盛り込んだとたんに元のコンセプトが崩れてしまうことがありますが、試作品の間に、一般的に必要とされるであろう機能を想定するか、実際にあらかじめ盛り込んでおくと、つづく作品でも新しい機能の実装がしやすくなります。

(※学習の進んだ読者のみなさんへ
ここで「機能を想定する」ことと、「実際に盛り込む」ことは矛盾するではないか、という意見が表面的な見解であることはわかりますか。
ある機能が必要であることを認識したうえで、「あえて」それを盛り込まないことを決定したというならば、その形態のなかにはありえた形態が止揚されているので、あとで取り戻すことは容易なわけです。
また、ここの「あえて」の論理構造が弁証法のどの法則かはわかるでしょうか。


作品の本質として「基本はシンプルに」というスローガンがありますが、あれはただ単に形を簡単にすればよいというものではなくて、あらゆる用途を想定した上で、あえてそれらを削ぎ落してシンプルにしなければならない、ということです。
ヘーゲルが有限と対立させただけの無限を「悪無限」と呼び、有限をふくんだ無限こそ真の無限であると言っていたことを確認してください。
それになぞらえて言えば、世の中には「悪シンプル」と呼ぶべきものがとても多いことに気付かされます。
世にある凡庸な商品を作り続けてしまう企業は、要すれば論理性が低いのです。)

前回作ったフロントバッグ、G1からG2の流れは、一般化ではなくむしろニーズに合わせた「特殊化」だったので、機能を減らして研ぎ澄ませることが容易でした。

あれがもし、試作品の段階から特殊性の高いものをつくっていると、ニーズに合わせた実装ができなかったでしょう。

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今回作ったものが前回と違うのは、そもそもサイドバッグとしての一般性を取り出すためのバッグである、ということです。

言ってみれば、試作品よりもさらに手前の段階である、ということですね。

そうしなければならなかった理由は、「常用に耐えうるサイドバッグ」がまずもって存在しない、という状況から歩みを始めねばならなかったからです。

実験の結果、変える必要がないということであればこのままでいけるかもしれませんが、原型を留めない形に変えてゆくことになるかもしれません。

ともあれ、ここからはじめねばなりません。
机の上で考えてできることは所詮ここまでが限界ですから、実践あるのみです。

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ところで、サイドバッグは2個セットが基本ですので、対になるバッグの原型もすでにあるのでした。

写真のうち、今回作ったものは狼をモチーフにした下の「ブラック」です。
うまくいけば、鷹をモチーフにした「ホワイト」まで辿り着くことができます。


さて、どうなるでしょうね。

革細工と趣味の考え方 (4):完成した自転車フロントバッグG2

(3のつづき)


前回までは、ひとつの目的を達成する道具について、そのとりうる形態がどのように絞りこまれてゆくかの過程を考えてきました。

自転車用のフロントバッグは今回で第2世代目になったので、前回のものと比較して整理しておきます。

年内いっぱいまでは毎日時間を作って革細工に取り組んでいるので、わたしに何かを作成依頼しようと考えている読者の方は参考になさってください。

G2(コンチョなし)とG1。
前者がハーマンオークレザー、後者がハーマンオークハーネスレザー。
色見が結構違いますね。性質もまるで違い、G2の方は、曲ってもすぐに戻ってしまうので、素手では形を整えられません。ほんとうに革が硬くて大変でした。
もう二度と縫いたくないなあ…
といいつつ数日後にはまたやってるのは、旅も革細工も同じでしょうか。
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以下の写真は、オーナーが送ってきてくれたものです。

コンチョはニュージーランドのコインをもとにしており、鳥のキウィが描かれています。
「キウィ」というモチーフを元にして、ベルト部分にフルーツのキウィの断面をあしらいました。
市販のバッグのベルト部分は、「いかにも縫いつけました」という縫い目がついていますが、わたしとしては機能面だけをまるだしのままではみっともないと思うので、機能をデザインと統一させて必然性を持たせています。

金具の色が違うのは、上前方から下後方に向かってグラデーションをつけたかったからです。
写真では見えませんが、ベルトの下の金具はアンティーク色になっており、
コンチョ(シルバー)、後方ベルト(ゴールド)、前面ベルト(真鍮)に続いています。

スタンドで立てており後ろのタイヤが浮いているのでわずかに崩れていますが、実際にはフレーム部のトップは水平になっています。(ホリゾンタルフレームといいます)
バッグの高さをハンドル部よりも下にすることで、水平性を保つようにしてあります。
サドルバッグを作るときにも、それを維持するように考えてゆけばよさそうです。

オーナーの強い希望で、天板に取っ手はつけませんでした。
マップケースなどあれば、iPadを入れてマップなどを表示すればかなり便利そうです。
わたしだけで判断していたら取っ手をつけていたような気がしますが、こう見ると無いほうがすっきりしていて全体の調和を乱すこともなく、正解でしたね。
取っ手が無いので持ち運びの際には抱きかかえるようにせねばなりませんが、普段使いの鞄ではないのでかまわないようです。

ずいぶん日焼けしたので、ベルトの下とは色が違っています。
ボトルケージに貼った革も同じものです。
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このフロントバッグは、先週末のツアーを目指して作っていたのですが、必要な金具が1ヶ月以上も届かず作業が進められませんでした。それでもなんとか間に合ってほっとしています。

金具を待っている間に設計を練りなおしたり下処理を丁寧にできて完成度が上がったと思うので、怪我の功名でしょうか。

オーナーはずいぶん気に入ってくれて、革細工の備品まで送ってきてくれました。


誰かに依頼されてものづくりをするときに、その作品の質を決めるのは、結局のところ、「どうしてもこういうものがほしい!」、「ここはこうしてほしい!」という、オーナーの熱意やこだわりです。

道具というのはそもそも、人間が自然と向い合ったとき、それをなんとしても乗り越えようとする強い目的意識があってこそ創り上げる必要性が生まれるものです。

いわば、目的意識なくして道具なし、ということなので、対象と強い目的意識をもって取り組めば取り組むほどに、必要とする道具の像は明確になってゆくのです。
像が明確になるということが、最終的に用途にふさわしい形態を与えることになり、そこに論理的な必然性が出てくるわけです。

ですから作り手は、オーナーと議論しながら、その目指すところを隅々まで汲み取ってものづくりをしてゆきます。
人間の認識のあり方に興味のあるわたしにとって、「なんでもいいから適当に作ってくれ」という依頼はあまりにつまらないので、オーナーが本当に欲しいものを明確にすることのできる方向へ話をもってゆきます。
もっとも今回は、もとからオーナーの欲しいものがはっきりしていたので、そんな工夫も要りませんでした。

オーナーとの共同作業で良いものができると、行程がどれだけに大変な作業であっても、「早くまたやりたいな!」という思いがこみ上げてきます。

そういうわけで、この流れにはまだ続きがありますので、記事を分けて書いてゆきましょう。

それにしても今回は、楽しい仕事でした。


(了)

2011/10/14

更新が遅くなりました。

大変な仕事が回ってきたので、それに取り組んでいました。
更新が途切れたのでご心配かけてしまったようですみません。

あたらしい記事は、さきほど公開しておきました。
待機しているあいだにいろいろ進めたので、それもご報告してゆきます。