2011/12/06

本日の革細工:蝶番式ペンケース

年内に作る予定の革作品について、


残すところあと2つ、というところまで来ました。

最後のものについては素材自体がいつ手に入るかにも左右されるので、追加でなにか作ることにならなければ、年内はこちらが最後ということになるかもしれません。

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今回は、昨日公開したG3Tで採用した「蝶番」を使ったペンケースです。

完成した作品に触れる前におさらいしておきますと、蝶番については、すでに以下の作品で採用してきたという経緯があります。

・自転車フロントバッグG3の固定部


・自転車ツールバッグG3Tの開閉部


昨日の記事でこれは、わたしの友人の発想によるものともお伝えしましたが、今回のものはその人に向けたものです。

蝶番式については、すでにすこしばかりは技術的な(認識の実践への適用という意味での理論的な<技術>ではなく、革細工としての実際的な技術という意味ですが)蓄積もありますので、図らずもうまいタイミングでその人に恩を返すときが来たようです。

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これまで作業してきて、蝶番式を採用するにあたっての問題というのは、ざっとこれくらい見つかりました。

・棒を包むための革の長さがどれくらい必要になるかがわからない。
(直径10mmの棒を2mmの革で包むことにすると、合計で14mmの円の外周を考えればよいが、14*3.14≒44mmの長さの革ではとてもスムースに出し入れできないことがわかりました。)

・天板に某屋根を採用した鞄の、実際的な全高がいくらになるのかがわからない。
(こちらについては、G3Tを作ったことで、理論値と実際値の差をおおまかに推定することができるようになりました。)


とくに前者については、理論値に少しの余分をみて作ったとしても、革の状態によってかなりのばらつきが出てきてしまいます。

なぜ「革の種類」ではなくて「革の状態」と曖昧に書かざるを得ないのかといえば、革というものは、種類の差はもちろんのこと、どういう方法で鞣されたか、どういう染料で染められたか、どういうオイルで仕上げたか、はてはどこの部位を使ったか、などによって摩擦力が変わってきてしまうのです。

まとめていえば、摩擦係数は定数として規定されていますが、それでも実際的にはごく限られた範囲でしか理論値を使うことはできないのが現実だということです。

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こういった、理論的には完全に解明されてはおらず、わたしのようにずっと革を扱っている訳にはいかないという制限によって経験の蓄積を待てない場合には、木の棒と革の浸透のあり方をどのように扱えばよいのでしょうか。
ここでいつものように、複雑な問題にぶち当たったときにこそ原則に立ち帰る、という学問のやり方を使うことにしましょう。(複雑な実際を解くためにこそ理論が必要、対立物の相互浸透)

一般的に、蝶番式を採用する場合には、革のコバ面(いわゆる裏側、です)と木の棒との関係がうまいぐあいに保たれていなければよいのです。(ものとものとのつながり方、対立物の相互浸透)

これはつまり、自転車バッグならば走行中に棒が抜けないこと、ペンケースならカバンの中で棒が抜けて仕舞ったものが飛散しないこと、といったように、「いつもは引き抜けないが必要なときには無理なく抜ける」という矛盾を統一するやり方がどのようなものであるかをその特殊性にあわせて考えてゆけばよいということです。(矛盾の統一)

この原則を実際に適用しようとしたときに、革の摩擦面の状態が経年やその時々の環境によって違ってきてしまうことが今回には問題なのですから、それが問題にならないか、なりにくいところに工夫を凝らせばよいわけです。

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わたしはそこまで考えて、「革のコバ面の摩擦に頼る」という発想を捨てることにしました。

鞄全体で、棒との矛盾の統一を保つ形を考えれば良いのです。

前回のG3Tでは、Dカン(金具)の取り付け位置に規定されて、蝶番の中央部の長さが決まっていました。(右の写真で、Dカンの間の棒を渡していない右側の蝶番部がそれです)


そこで前回は、その形に合わせて蝶番部を作らざるを得ず、次にそこからできた蝶番部に合わせるように木の棒を少しずつ削ってゆき、ちょうどよい状態が得られるまでその作業をするという繰り返すことになりました。

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それを今回は、「蝶番部全体の形状」によって、一定の摩擦を保てる方法を考えました。
下の写真がそれです。


蝶番の中央部が長めにとられており、両サイドの蝶番が相対的に短くなっています。

そのことと共に、両サイドが少し上向きの、神社にある「鳥居」のような形になっているのがわかってもらえると思います。

こうして、コバ面との摩擦に頼ることができないのなら、全体としての形状によってテンションをかければよい、という至極真っ当な結論に到達しました。
わたしは問題をあまりに小さい場面だけで考えていて、大きな視野に立てていなかった、つまり「木を見て森を見ず」だったことが、ここまでたどり着いてはじめて明らかになったというわけです。(否定の否定。過程にこそ質的な前進が含まれる、量質転化)

あまり長々と書くのもつまらないですから、実際にできたものをみていくことにしましょうか。

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先ほどの写真とは反対側。


蝶番の隙間が1mmずつ開くようにして、かみ合わせが丸みを帯びた一つの線を描くようにしました。G3Tの製作経験があってこそです。

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側面。


G3Tの作成によって、図面と実際にどれくらいの差があるのかがつかめたため、蝶番を閉じたときに、底面から延びた斜めの線が木の棒の中心に向かってゆくというきれいな三角形が描けるようになりました。

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開けたときに、蝶番部が邪魔をして仕舞ったものが取り出しにくくなることも想定できたので、マチを広めにとってあります。

前回のG3Tのときは、型紙として起こしていたマチでは狭すぎることが作りかけでわかったため、急遽、iPhoneケースにするつもりで一緒に柿渋染めをしていた革を潰してマチにすることにしたのでした。


開けた時のフチの曲線がなかなか可愛いですね。
こういった曲線美には、なんらかの意味合いが潜んでいるのでは、と感じています。

もし次回があるなら、この曲線がいちばん綺麗になるように(今でも気に入っていますが、感性的にだけではなく理論的に)設計したいところ。

作品をオーナーに渡す前にじっくりと観察しておきます。

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側面(マチ)は、前回と同じく揉みシボです。



マチのコバ部は、耐水性のサンドペーパーを使って、目の粗いものから3種類くらいを使い分けて、少しずつ整えてゆきます。

ちなみにわたしの使っているのは、番手#180→#400→#1000の順です。(革のコバ磨きには、2倍以上の差がなければあまり意味が無いようです)
コバ面に綿棒で水をつけてこすったあと、最後にストッキングで磨いてゆくとピカピカになります。

コバ面どうしをもっと強く圧着したりするとつなぎ目を消したりもできますが、専用の工具は持っていませんし、接着剤もできるだけ使わないのがメンテナンス上よいと思ってそうしていますし、コバ面に色をつけるのもせっかくの革の風合いを乱しそうな気がして、いつも素仕上げです。

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ただ、この1年革をいじくりまわしてきて、もっとも作品の質に影響をあたえるのがコバの処理だとも思っていて、いまのわたしの姿勢は「障らぬものにたたりなし」、といった消極的な姿勢でしかありません。

それほどにここについては突き詰めた探究が必要なところだと実感してもいるわけで、わたしにとっては革細工がメインの探究事項から外れる来年度以降においても、向き合ってゆかねばならない大きな課題です。

事ここに至り、「神は細部に宿る」とはまことに至言であり、理論的にも大命題だと捉え返すことになりました。

しかしこの極意だけを振りかざしていても、当人にも人類全体にとってもなんの意味も持ちませんから、わたしたちは、ここを実際のものづくりや表現をする中で、その過程における構造を探求してゆかねばなりません。前に進みましょう。

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