人間ですね、と言われたことがあります。
なんのこっちゃ、と思っていましたが最近はなんとなく納得できるようになってきました。いまわたしの作業場は、実際にそんな感じになっていますから。
部屋を見渡すと、未整理の本や資料の山はいつものことですが、そこに色を作って置いたままのパレット、木くずだらけの彫刻刀、届きたての半裁革、テーピング、刃引きした刀、自転車の荷台(キャリア)あたりが加わっていて、ついでになにやら怪しげな臭いが部屋中を覆っています。
これは年末までにはひと通りの役目を終えてだいたい片付くはず…ぜひとも片付いてほしい…道具たちなのですが、今回どうにか片付けられそうなのはさいごの銀杏臭です。
柿渋染めですね。
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自転車用のフロントバッグ、G3を作ったのは去年の今頃だったはずですが、そのときにここでも書いた通り、今に至るも技術的にはともかく、世界観、デザインとしてあれを超えるものはできていません。
今年は革という素材は本筋の実践の対象ではないので、その事実が自分の気持を逸らせたりはしないのですが、写真を見返すたびに、「今考えてみてもどこも直すとこがないなあ…」というのが率直な感想です。
自転車用のバッグに話を限れば、実験台としてのG1からオーナーとの共同制作のG2〜G4まで作ってきて、図らずもありがたいことに、それぞれがオーナー以外の人たちからもずいぶんな支持をいただいてきました。
バッグの名前をGnにしてきたのは、単に、そのものの名前をつけるのは作り手の仕事ではないから、という理由を持っていたからですが、オーナーと二人三脚で取り組んできたこの名前は、わたしにとってはもはや、コードネームというよりもひとつの世界観、というような位置づけのほうが近いような思い入れがあるものになってきました。
G3にも"ZEN"というモチーフを表すことばをくっつけていましたが、今見返してみると、G3は禅というよりも、G3はG3としか言えないような気がしてきます。
今回は、ひと月前あたりにG3のオーナーからiPad用のケースを考えてほしい、というご用命を受けたのですが、iPad用のインナーケースといえばiPadトラベルケースを前に作ったときに、ふと思い立ってG3風のものも型紙を起こしていたので、待ってましたとばかりに取り掛かったものです。
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ところが実際の製作に入ろうとすると、ここで意外な盲点があることに気づいたのです。
オーナーは当然ながら、今回のiPadケースも、インナーケースとしてG3に入れることを想定しておられるはずなのですが、そこが問題でした。
ちなみに、今回のイメージはこんなふうなのでした。ノートの隅っこのとんでもなくいい加減な絵ですみませんけども。(左が完成予想図、右が展開図)
さてこのまま素直にケースを作ると、横幅が260mm前後のケースが出来上がります。
ところが、その受け皿になるG3といえば、外寸がすでに260mmなのでした。
そこからさらに、縫い代のためにとった5mmずつと、用いた革の素材としての厚み3mmずつが左右から引かれるために、革の柔軟性を考えても、中に入れられるのはせいぜい244〜246mm前後です。
この時点で、作った型紙はあえなくボツ、ということになりました。
◆◆◆
ここで気づいた問題を整理してみると、
・G3の内寸が244mm。
・iPad本体が241mm。
ということは、iPadケースに許されている横幅は、
iPadから伸ばすこと2mmずつ(!)
ということになるわけですね。
さてどうするかな…というのが、今回アタマを悩ませた問題でした。
一般的に言って、一見すると不可能なように見える問題に直面した時には、自分が暗黙の前提としているものが、本当に絶対的なものであるのかを疑ってみなければなりません。
たしかにこのままではどうしたってG3に収納できるiPadケースを作ることは不可能ですが、そこには「今まで作ってきた革工作のやり方に則れば」、という前提があります。
側面の処理にお話を限れば、今回障害になっているのは、これまでのやり方の結果発生していた次のことがらです。
・縫い代が横にくる
・革が分厚い(今回は3mm革は使えない)
ですから今回はこれまでと考え方を変えて、この条件を満たせばよいのです。
・縫い代を横以外にする
・薄い革を使う(2mm以下)
そうすると、かたちはこんなふうがいいでしょうか。
というか、革の性質と器具の制限から言ってたぶんこれしかないような気がします。
(木型を精確に作れば型押し、という方法もないではありません)
◆◆◆
縫い代を液晶面に持ってくるといっても、縫うときに針がちゃんと通るのか?糸が引けるだけのスペースを確保できるのか?など、色々な心配が頭をよぎりますが、理屈の上では通用するのなら、実際にやってみるしかありません。
この段階でもわりとリスクが高いので、どうせ失敗するなら盛大にやってやろうという気持ちになり、つい最近やれるようになってきた、薄い革を貼りあわせて両方を銀面にするというベタ貼りを採用しようと思い立ちました。
0.8mmの革を貼りあわせれば、2mm以下の革になり、しかも剛性が確保しやすくなるという計算です。
こちらも、理屈の上ではいけそうです。
そうすると、設計図はこんなふうになりそうです。
(貼りあわせた2枚の革がところどころ独立して別のパーツと接着されているため実にわかりづらいですが、出来たものを見ていただければなんとなく合点がいくかもしれません)
「こんなふう」とか「なりそう」とか、なんとも煮え切らない表現ばかりが続くのは、こんなやり方で作ったことがないので、型紙すら描けないから、です。
じゃあどうするのか?と言えば、大まかに革を切り出したあと、余分な部分を適宜切り取ってゆく、という進め方です。この場合、型紙は最終的にできたものを結論的に写しとったものになりますね。
◆◆◆
というわけで、できました。以下は写真です。
◆正面◆
正面から見ると、G3の背面を踏襲したかたちになっています。
自転車バッグほど丈夫さは必要ありませんから縫い代のとり方は違いますが、並べたところを見てみたいですね。
上部の、ちょっとふっくらしているところにマグネットが入っています。
iPadは画面右の上から75mmあたりのところにマグネットが内蔵されていて、そこに磁石を近づけるとスリープと解除ができるので、取り出す時に自然にスリープを解除できるようにしようかとも考えましたが、振動でスリープ/解除を繰り返してしまうとバッテリーを無駄に消費してしまうので見送りました。
◆側面1◆
液晶面側に縫い目がありますが…
◆側面2◆
…背面側にはなんにもありません。
時間はかかりますが、なんとか縫えました。
G3は、外側から見ると角張って見えるのですが、蓋を開いたところに柔らかな曲線の傾斜がありました。
今回のiPadケースでは、そのコントラストが液晶側と背面側に来るようになっています。
◆背面◆
液晶側を伏せると、ゆるやかな曲線だけが見えるので、知らない人が一見するとなんだろこれ?というたたずまいになります。
◆本体の収納1◆
iPadとぴったり。
…今回は、そうせざるを得なかったわけですけども。
◆本体の収納2◆
SmartCoverを付けていても入ります。
今回の製法だと、液晶面をユーザー側に持ってきやすくできますし、なんで今まで思いつかなかったんだろう?とさえ思います。
ただ縫うのにとっても時間がかかるので、量産型を作るならもっとラクな形にしたいところですが…叱られちゃうでしょうか。
◆柿渋染め◆
刷毛で何回も重ね塗りして柿渋染めをし、外側の革を仕上げてゆきます。
使っているとだんだん色が濃くなってきて、色艶が出てきます。
刷毛で重ね塗りしたことによるストライプが、背面側の曲線を強調する役目を果たしています。
◆ベタ貼り◆
外側はブラウン、内側はキャメルにすることで、動物の背中側とお腹側のような色のコントラストを出すことができ、角ばったかたちにも生物的な優しさを取り入れることができます。
逆にすることももちろんできますが、デザインとしてはこちらのほうが自然ではないでしょうか。
わたしたちが持っている美意識というものは、一見すると各人千差万別に見えたとしても、その根底には自然界からの浸透が色濃く流れています。
だから、世に「自然なデザイン」と「不自然なデザイン」が生まれることになるわけです。
作り手からすれば、自然からいかに深く学ぶか、という観点がものづくりにあたってはどうしても欠かせないことにもなりますね。
このことは実は、自然主義の立場で創作活動をしているから自然から学び、機械主義だから自然からは学ばなくて良い、ということ「ではない」ことを意味しているのです。
デザインをするという実践にも、論理の力は必要不可欠です。
◆自転車バッグへの収納1◆
横幅が同じく260mmのG2をたまたま預っていましたので、これで試してみることにしましょう。
入らなければオーナーには渡せませんが、果たして。
◆自転車バッグへの収納2◆
入りました!
ほっと一息。
いつものようにコバの部分をつけてしまうと、いくらコバを磨いていてもバッグの内側のざらざらがコバを削ってしまうので、あらゆる点から考えても、今回はこの製法がベストだったということになりそうです。
ただ前回のiPadトラベルケースと違って、今回のものは縫うのにけっこうな手間がかかるので、コストを考える場合には採用しづらい製法であるのは確かだと思います。
しかし同時に、ミシンでは絶対にできない縫い方でもあるので、手縫いであることの強みは出せるでしょうね。
革細工が楽しいのは、技術的に新しいことができるようになると、それに伴って直接的に表現の幅拡げられる、というところでもあります。
今回のケースも、素材、技術、発想、あらゆる観点から言って今のタイミングでなければ絶対に作れなかったので、こういう巡り合わせがあるというのは、なんとも不思議だなあと思わされます。
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