2012/01/25

文学考察: 風ばかー豊島与志雄

更新に間が空いてしまってすみません。


付き合いの長い学生たちと、中身のある話をできるようになってきたのが楽しすぎて、時間があっという間に過ぎてしまいます。

振り返ってみると、諦めさえしなければずいぶん遠くまで歩んでこれるのだということが、理論的な仮定が現実化された経験に裏付けられるかたちで実感できて、なんとも感慨深いものがあります。
では今日も前に進みましょう。


◆文学作品◆
豊島与志雄 風ばか

◆ノブくんの評論◆

文学考察: 風ばかー豊島与志雄
ある日、子供たちは学校の先生から、人間の体は右と左では全く同じ形をしておらず、微妙な違いがあり、そのため目かくしをして歩くとまっすぐ歩くことができないのだという話を聞きました。ですが、この話をにわかには信じられなかった子供達は、早速野原に向かい、自分たちの体で実際にまっすぐ歩けるかどうかを試してみました。すると、やはり先生が言っていたように、なかなかまっすぐには歩くことはできません。そうしているうちに、子供たちの素朴だった疑問は、次第に誰がまっすぐ歩くことができるのかという競争心へと移り変わっていきます。そんな中、ただ一人、マサちゃんという男の子は見事まっすぐ歩くことに成功しました。これを見ていた他の子供達はまさちゃんに負けじと、彼に教わりながらまっすぐ歩く練習をはじめました。ところが、そんな彼も他の子供達にお手本を見せる為、もう一度歩いてみると、少し曲ってしまいました。マサちゃんはこれを横から吹く風のせいだと考え、「風にまけてなるものか。」と諦めず挑戦します。そうしているうちに、マサちゃんの耳には、彼を邪魔する風の音が「ばかー、ばかー」と聞こえるようになっていきます。はじめは彼もそんな事を気にはとめていませんでしたが、遂に我慢できなくなり、自らも「ばかー、ばかー」と、怒鳴りはじめてしまいます。この彼の異常な行動を心配しはじめた他の子供達は、彼を引きとめて家へと連れ帰りました。
こうして家に帰ったマサちゃんは、お父さんとお母さんに今日の出来事を話して聞かせました。すると、お父さんは笑いながら、「風は息なんだよ」と自然にある風に立ち向かうことへの馬鹿らしさを彼に話しました。そしてそんなお父さんに続くように、マサちゃんも息をついてさーッさーッと吹く風をみて「ばかな風だと」とばればれと笑いました。
 
この作品では、〈自然にある風を精神が宿った生き物のように考えている、子供の瑞々しい感性〉が描かえています。 
この作品の終盤で、マサちゃんとお父さんは風とはどういうものなのかについて話し合い、それに立ち向かっていくことへの馬鹿らしさについて話していますが、2人の風に対する解釈が大きく違っている事に注目しなければなりません。では、この時の2人のやりとりを軸にして、具体的にどのようなところが違うのかを見ていきましょう。 
まず、お父さんの方では、「風というものは、強くなったり弱くなったり、息をついて吹くから、その中をまっすぐに歩くのはむずかしいよ。」、「空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」等という言葉から察するあたり、風というものはただ自然にそこに存在しているものであり、自然現象に過ぎないのだということを説明しているのでしょう。ですから、彼は我が子が風に対して、まるで同じ精神をもった生物のように考え、勝負を挑んでいたことそのものに対して笑っていたことになります。 
しかし、一方マサちゃんの方ではどうだったのでしょうか。彼は、そうしたお父さんの話を聞いて、その後も尚、「ばかな風だな」と風を生物のように扱っているではありませんか。すると、彼はお父さんの話を一体どのように受け止め、風に対して馬鹿だと言っているのでしょうか。彼はお父さんの「空気の息、神様の息、いろんなものの息……ただ息だよ」を聴いて納得しているあたり、どうやら風は自分の意思で動いている訳ではないというところまでは理解していたようです。ところが、もともと風に精神が宿っていると考えている彼は、その考え事態を捨てきることは出来ず、恐らく風というものは自分から自由に吹いているのではなく、自分が息をして風をおこすように何者かによって息として吐かれ、自分の意思とは関係なく吹いているのだと考えたのでしょう。そして彼は、そうして自分の意思ではなく、誰かによって動かせれている風に対して、馬鹿だと言い、はればれと笑っていたのです。


◆わたしのコメント◆

学校での先生の発言をうけて、友人たちと真っ直ぐに歩けるかどうかの競争をはじめた「マサちゃん」は、それがうまくいかなくなったときから風が吹き始めたことを気にかけ始め、さらには風が「ばかー、ばかー」と悪口を言っているように思えてきます。帰宅したあとそれを「お父さん」に話してみると、「それは、お前のほうがばかだよ」と諭されます。マサちゃんは、お父さんとどんな話し合いをして、どんな結論を出すのでしょうか。

論者は、この物語の本質を、「マサちゃん」と「お父さん」の風についての議論に認めており、そこでの過程的構造を探ろうとしています。
二人のそれぞれの認識のあり方は、互いが互いの発話を表現として受け取る形で発展してゆき、表向きにはひとつの着地点を見出しますが、その同意は必ずしも、両者の認識がピタリと一致したことを意味しません。

ある人の表現をみた受け取り手が、その表現者の認識にまで立ち入らずに表面的に受け止めてしまうことはよくある誤解ですが、この物語では、その誤解が子どもらしい感性に由来するものであるがゆえに、かえって子どもらしさを引き立たせる効果になっています。

最終的には、マサちゃんは風をやっぱりばかな奴だと理解し、お父さんはそういう我が子の姿を見て子どもらしい発想で面白いものだ、と理解し互いに笑い合う場面で、物語はおしまいになるのです。

そのように表現と認識が相対的に独立したものと理解したうえで、作品の本質を引き出した論者の指摘はまったく正当です。

◆◆◆

ここから次の節まで脱線します。

ただ文章自体は良くなってきたものの、誤字脱字がその数を減らしていないというのは、「見なおしの回数」ではなくて「見なおし方そのものの質」のほうに欠陥があるということですから、なぜ誤るのかの過程における欠陥を、是が非でも洗い出しておく必要があります。

表現を見たところ、自分の書いた文章を自分に都合の良いように読み取ってしまうということが原因なのではないかと思います。もしそれが主たる原因なのだとすると、以前に指摘したことのある、「ひとつの作品を自分のあらかじめ設定した結論に向かって解釈してしまう」という認識の仕方にも関連があると思いますから、どれだけ不足していようとも自らの自制心でもって、どこに誤る理由があるのかを見ておいてください。

こういう言い方をすると、ひとつの表現に欠陥があっても、その読み手は文脈を読み取りながら少々の欠陥であればそれを補足しながら読むことができるのは、むしろ人間のうちの好ましい機能であるという見方を持ち出す人間がいます。
そのときに根拠として持ち出されるのは、人間が口頭で話し合うときには、純粋な音としては3割ほどしか受け取れておらず、他の7割は自分勝手に補完しながら理解しているのだ、などといった現象的な事実です。

たしかにひとつの表現が理解される過程を探るとき、そのように、表現者と受け取り手の関係性に着目してもなんらの問題はないのですが、現実の問題を解くことのできない理論は科学とは呼べませんから、なんとしても深く追求してゆく必要があります。
今回の場合に限って言えば、どうやら「意味のわからない語句などを、無意識のうちに放ったらかしにしておいてしまう」というような性質を含んでいるようなので、特別な注意が必要だと思うのです。

「わかっていないのなら調べればいいではないか」というのが一般的な見解ですが、以前記事にもしたとおり、「自分がわかっていないことそのものがわかっていない」ということがあるのが一番の問題なのです。質的に差がありすぎる理論にバッサリ切られても、切れ味がよすぎて自分が息の根を止められたことに気づかない、という場合ならありますが、質的にそれほどの飛躍もないはずの細かな表現上の誤りを見落としてしまうのは、それと区別して考えるべきです。

いまは失敗の本質が特定できないために雑多な書き方で述べてきましたが、この問題の解き方を一言で言えば、「ケアレスミスとはどういうものか」と問いかけて、その構造を立体的なかたちで取り出すことが出来れば、理論的に乗り越えてゆける筋道が立てらるということです。次回の面談時に認識論的に議論しながら探求してゆきますので、自分のミスについて思い当たるところを忘れないようメモしておいてください。

◆◆◆

閑話休題。お目汚しすみません。

さてこの物語に視線を戻すと、マサちゃんとお父さんという二人の人間が、表向きは同意に達しながらも、その両者のあいだでは認識のあり方に依然として差があるということは、ひとつの重要な事実です。
そこに誤解があるからこそ、仲睦まじい夫婦も時には喧嘩をするのですし、逆にそこをうまく突かれて詐欺に合うということもあるわけです。

ここに含まれている論理性を一言で述べれば、上で述べたように「表現と認識は相対的に独立している」と言えばすみますが、その理解が誰にとってもしっかりと理解されているかといえば、そうとは限りません。
このひとつの論理も、文字として述べたときにはひとつの表現であることに変わりがないからには、やはり相対的な独立に目を向けて、表現としては受け止めているつもりでもその内実をしっかりと踏まえられているだろうか、と考えて進めてみることが必要です。

◆◆◆

せっかくの機会ですから今回は、文中の表現をそのまま抜き出す形で、マサちゃんとお父さんのやり取りがどのようなものであったかを、評論よりも突っ込んでみて行くことにしましょう。

まずは、物語のさいごの箇所を読んでみてください。
検討が必要な箇所について、マサちゃんの表現をオレンジ、お父さんの表現をグリーンでマーカーしました。


「風がばかー、ばかーとわるくちをいう」というマサちゃんに、お父さんは、風というのは「息をついて吹く」ものなのだと説明したところから、このやりとりは始まっています。

風が悪口を言うというマサちゃんにとっては、風というものは何らかのかたちをもった実体である、という理解が前提としてあることを見逃さないでください。次の表現を見てもそのことがよくわかります。

「風って、息をするんですか」(M1)というマサちゃんの質問にたいして、お父さんは、風が固定化された実体であるというマサちゃんの思い込みをゆるやかに修正するかたちで、「うむ、息をするよ。息をするというより、風は息なんだよ」(F1)と答えます。

(M1)「風って、息をするんですか」

ところが、その答えを受けたマサちゃんは、風が実体ではないということになっても実体を探すという発想そのものは手放さずに、「それでは風を吹くという行動を起こしている主体は一体誰なのか?」という問題が新たに沸き起こってきます。

だからこその、「なんの息?」(M2)という質問なのです。

(M2)「なんの息?」

お父さんは予想外の質問にすこしうろたえたと見えて、「なんの息って……。どういったらいいかなあ、空気の息、神様さまの息、いろんなものの息……ただ息だよ」(F2)という答え方をすることにしました。

お父さんは、風がどのように起こるのかという仕組みを、科学的なところから説き起こしてもマサちゃんは納得しないだろうし、自分でもそこまで詳しくは理解もしていないと思ったのでしょう。そこでお父さんは、風が何によって起こっているかはともかく、風は息のようなものであることは確かですよ、という言い方をしたのです。

それを受けたマサちゃんは、そうすると、と考えて、「風には人格がない上に、風の吹きはじめるところにも人格を持った存在はいないのですか」と聞き返すかたちで、「ただ、息だけ?」(M3)と、ほんとうに自分の考えであっていますか、とお父さんに聞き返します。

(M3)「ただ、息だけ?」

最終的には、その念押しの問いかけに「息だけだよ」(F3)とお父さんが応じたことによって、マサちゃんは、風にはそのものに人格もないし、その背後に人格を持った存在もいない、風はただの息みたいなものだという確信を持ったのです。
ここにおいて、マサちゃんとお父さんは、「風は息のようなものである」といういちおうの結論を共有することになったのですね。


事ここに至りマサちゃんははじめて、風というものを、自分やお父さん、お母さんのように、感情を持って行動を起こすところの人間とは別種のものだという認識を新たにしましたから、何も考えずに吹いているだけなんて、ぼくたち人間に比べれば「ばかな奴だな」(M4)という素直な感情を持つことになったわけです。

◆◆◆

最終的には、マサちゃんとお父さんは、表現の上では一定の合意に達しており、その双方が「風は息のようなものだ」という理解を持っていることでは一致しているように見えますが、ここには認識の上では違いがあることを見落としてはいけません。

これまでのやり取りをまとめた図を見てください。


風を息として吐いている実体はなんなのかというマサちゃんの問い(M2)にたいして、お父さんはすこしうろたえながら「なんの息って……。どういったらいいかなあ、」と答えた(F2)箇所がありましたね。
お父さんは、自然現象としての風が、それを生み出す固定化された実体を持っていないことは知っているのですが、それでもその生成原理はなんなのかと説明する段になると、そういえば詳しくはわからないな、ということがわかりましたから、自分の認識を少し改めます。

それまでの自分が暗黙のうちに、なんらかの実体が息として風を吹かせているかのような理解をしていたことを、マサちゃんの問いかけに十分応えられなかった経験から思い知らされたので、風の原因はなんだかよくわからないものとして捉え返されることになりました。図のうち、(M2)をうけて風が生成する原因がおぼろげなものであることが明らかになったことを、点線として表現してあります。

それでもお父さんがなんとか答えようとして、「ただ息だよ」(F2)という言い方を選んだ時には、マサちゃんは風を吹かせている実体という存在を完全に消してしまいますが、お父さんとしては、風が吹くという原因はそれほど詳しくは知らないが、どんなかたちにしろたしかに存在するのだという理解はそのままであったので、マサちゃんとのあいだの風についての理解が最終的な同意に達したときにも、両者の認識のあり方には差が残ったままになっているというわけです。

お父さんは、原因ははっきりとはわからないながらも風というのはなんらかのかたちで生み出されるものだ、という風についての一定の理解がある立場から、マサちゃんの「ばかな奴だな」という感想を、子供らしく純粋な感想として受け止めますから、そこにある誤解はともかく、「声たかく笑」うことになったわけです。

この「笑い」は、マサちゃんが自分なりに風について合点がしたことによって起こった「笑い」とは、現象としては一致していてもその内実は違っていることが、この物語の面白さとなっています。

また、マサちゃんはお父さんと議論を始める前に抱いていた風への「ばかな奴だ」という感想は、議論が終わる頃になるころには、その議論が止揚されるかたちで「(やっぱり)ばかな奴だな」という結論になっていることも、お父さんにとって、この物語を読む読者にとっても、面白い点であると言えるでしょう。

マサちゃんとお父さんとの「笑い」も、マサちゃんの2つの「ばかな奴だ」も、見た目は同じながら質的に異なっていることを、論理性として引き出しておけば、創作活動をするときや、冗談を言うときにも使えるというわけです。

◆◆◆

ところで、この物語に現れている認識の発展の仕方は、なにも子どもから大人になるにつれて過程として持つことになる道筋だけに限られているのではなくて、人類の文化の壮大な流れから論理性を引き出すときにも、同じように把握されるものです。

弁証法は、古代ギリシャの時代に、相容れぬ議論を闘わせるなかで論理性として自覚されてきたものであるということは、マサちゃんが風についての認識を、誤解を含みながらも前進させると共に、お父さんが自分のわかっていない部分を明らかにするというかたちで前進を見せているということにも単純なかたちで現れています。

その流れを大きく人間ひとりの生涯として捉えるなら、子どもの時には、もっとも身近になる人間という自分の立場から、他者であったり自然であったりというあらゆるものを見てゆきますから、そこには大きな解釈の余地があることになります。夕暮れ時の藤棚がざわつくのはお化けがいるからですし、ものが燃えるのは火の精が元気になったからです。それでもよいでしょう、子どものときにはね。事実、子どものときに、大人が当たり前と見過ごしてしまう事柄にもなんらかの主体を見出すかたちで想像をたくましくするというのは、「思考の訓練としては」、と限定すれば、とても大きな効用があるものです。

子どものときには誰しもがもっており、またマサちゃんその人も手放さなかった、自然の中にも何らかの意志を持った実体があるはずだという発想は、人類総体としては古代や中世にかけての素朴な哲学のなかにありましたし、それは宗教のかたちで保存され、現代でもアニミズム、言霊信仰といった特性として、大衆の素朴なものごとの見方の中に溶け込んでいます。

ただわたしたちが友人のつくった音楽に感銘を受けて、「あなたの曲には魂がこもっている」と言ったとき、表現としてはそうであっても、友人の頭上から実体としての魂が抜けだして、ライブ会場を揺らす音響設備やCDの中に宿っていると信じているのかと問われれば、そんなことはないと言うでしょう。

現代では精神が脳の働きであることがわかっているように、実体として見られていたものが、実のところ他の器官のはたらきであることや、他の実体との関係性においてあらわれているものであることが、科学的なものごとの見方が深まるにつれて明らかになってきました。

評論のコメントで、「本質のつもりで実体を探すのをやめなさい」と言ってきたことの内実が、だんだんとわかってきましたか。

マサちゃんのような発想に心躍らせることができるのは、お父さんのようなものごとの見方ができてこそ(相互浸透)なのですから、仮にも人類の名を背負って生きるからには、わたしたちもマサちゃんのところに居続けるわけにはゆかないのだ、ということになりますね。


【正誤】
・これを見ていた他の子供達はまさちゃんに負けじと、→マサちゃん
・「ばかな風だと」とばればれと笑いました。→はればれ
・その考え事態を捨てきることは出来ず→自体
・誰かによって動かせれている風に対して、→動かせられている

2012/01/19

どうでもいい雑記:就職活動はどう考えるか

就職活動が始まっているようですね。


今年度は2ヶ月ほど始まるのが遅いようです。

日本の就職活動は戦後から、だんだんと早まってきていて、今では気の早い人は3年の中頃あたりからソワソワし始めるというので、大学側も企業側と協定を結んで、就職活動が勉学に差し支えないようにしたいと思っているようです。
もっとも、制度だけを整えれば学生たちが勉学に関心を向けるかというとそんなことはないのですが。

ところで就職活動を考えるようになった学生さんに、そのころどうしてたか聞かせてくださいと言われますが、進んだ道がジグザグすぎて、少なくとも直接的にはあまり参考にならないことを前もって白状しておきます。

わたしは3年の前期で卒業に必要な単位が揃ったので、長い長い夏休みの間はずっと絵を描いていました。
ほらね、参考にならなさそうでしょう。

ええっ、じゃあ絵を描いていたということは美術大学にいたんですか、と聞かれますが、大学では経営を勉強していたのでそうじゃありません。大学時代に先生たちからそれはそれは結構な扱いをされていたので、大学のあり方や人を導くはずの立場の人たちの人格に呆れ返ってしまっただけなのです。ただもっと勉強してちゃんとした大人になりたい、という思いだけはくすぶっていたので、学費を稼ぎながらでも好きなことのできる美術の学校にでも入り直そうと思ったのですね。

そのあといろいろあって研究者の道に戻ったり、それを活かして芸術の分野に取り組んだりもしていますが、今の自分からふりかえってみると、研究者一本だと道は通じていなかったし、芸術家一本でも同じことだろうと思うのです。
ひとつだけ言えるのは、いまではその曲がりくねった曲がり道のひとつひとつにすべて大きな意味があって、そのどれもがなかったのなら今こうしてはいなかっただろう、ということです。

◆◆◆

どんな生き方をしていても、人間としてまっとうな生き方をしたいと思えば思うほどに、周囲からの不理解や圧力が身に染みることもあります。

ものごとの進め方が人と違っている場合には、その過程では散々の村八分にされるわりに、いざ成果がではじめると衆目が手のひらを返したように「前からきみはできる人間だと思っていたよ」などと言い始めるものですから、人間なんてアテにならない、という実感も湧きそうなものですが、自分だって赤の他人が風変わりなことをするときには眉をひそめて世論に同調するのだとしたら、世間を非難するわけにもゆきません。

もっとも、一見した印象で人格を推定してしまうという悪い癖が人間にはあって、世間の目はそのような作られ方をしてしまうことの裏返しとしてこそ、結果が出ないときにも自分のことを理解して、支えてくれる人たちのありがたさが正しく受け止められるわけですから、ここでもやはり、ものごとを相互浸透として理解する姿勢を持っておきたいものです。

わたしも振り返ってみると、それなりに人並みの進み方をしてきましたから、八方塞がりでこの先どうしたらいいのか、と、途方に暮れることもないではなかったのですが、先ゆく道の手がかりがまるでなくなったときにひとつの指針になったのは、「いちばん自分が幸せになれることをやろう」ということでした。

幸せといっても漠然としていますよね。たしかに倫理の教科書を開くと、幸福論はアリストテレスに始まり〜という書き出しで、その結論は「未だ完成されていない」というような論調が多いので、あんなに賢い人にも答えはわからないのかと頭を抱えてしまいそうになりますが、わたしにとっての幸せというのは、ただ単に「好きなことをやれるかどうか」、「胃の痛くなるような思いをしなくてすむかどうか」、「自分のやっていることをあとで振り返ったときにがっかりしないかどうか」といった、ごくごくふつうのものさしで測った時の感じ方です。

相互浸透の関係を捉えるために逆のことを言うとすると、「お金や地位のために人として恥ずかしいことをやっていないかどうか」という表現がふさわしいところです。自分の生きる道しるべを自分の外側の、もろもろのルールに丸投げしてしまっていないかどうか、ということで、他の人がそれくらいいいんじゃない、と言っても、自分で考えてみて納得できなければやらない、ということです。

結局のところ、自分の好きなことをやる、ということを生き方のいちばんの前提にしておくと、そこからどんな結果が生まれたときにでも、後悔しなくてもすむでしょう。失敗を人のせいにしなくてもすむでしょう。成功に舞い上がりすぎなくてすむでしょう。

それからあわよくば、自分の好きなことをやって人の幸せにつながるというなら、誰にとっても悪いことはなさそうだと思えませんか。わたしは自分の夢というものを、そういうぼんやりしたところから考え始めて、実際にものごとに取り組む中で、しだいしだいに絞りこみ明確な像として持てるようになってゆきました。

もちろん実際に道を歩んでみると、ことはそう簡単ではないことを思い知らされることもありますが、突き詰めたところに出合う矛盾というのが、核心的な問題なのですから、それはそれで収穫があるのです。
本質とずれたところで頭にレンガをぶつけられるようなことがあったとしても、それでも折れずにやっていられるのは、そういうことを常々考えて、少なくとも自分は悪いことはしていないだろうと確かに確認できているからではないかな、と自分では思っております。

◆◆◆

いつも堅苦しい話をしているのにえらくぼんやりした話だな、と思った学生さん、鋭い。

冒頭の「制度を整えてもだめなら学生をどう指導すべきか」に始まり、「幸福とはどういうものか」、「倫理とはどう生成されるか」、「好きというのはどう決めるか」、などなど、たくさんの解かなければならない疑問点がここにはありますね。

どんな人生を送るにしろ、その過程をしっかり捉えてちゃんと考えて歩むときには、そういった事柄も少しずつ解けてくるものですから、今度お会いしたときに、順を追って議論しながら進路を考えてゆくことにしましょう。とても長くなりますよ。

2012/01/18

創作活動はなにから学ぶか (3):オタクは革新を生み出せない

(2のつづき)


前回では、専門家の陥りやすい落とし穴について触れてきましたが、個人的なことをいえば、わたしも自分のことを、本来なら悪い意味での専門家的、一言で言えば「オタク」的だと思います。

自分の知らないことを知っている人の話を聞くのはとても充実した時間であると感じますし、昨日は知らなかったことを今日知ることができるのは、なにより幸せなことだと思います。
去年の年末も自転車のイベント会場で、前から勝手に弟子入りしていた先生とたまたま出会ったときには、ご本人の事情も顧みず、あれやこれやと細かな理論がどうなっているのかを聞き出したものでした。

実際にものづくりをするときにも、微に入り細を穿ち、というこだわりをもったその先に、ものごとの本質が見えてくることも実感としてよくわかります。
しかしそうやって視野がどんどん狭くなる性質があるからこそ、1年ごとに、また一緒に勉強する学生たち一人ごとに、違った分野に取り組む必要があるのです。

◆◆◆

わたしはこの記事の(1)のはじめに、「バッグを作るのになぜ万年筆から学ばねばならないか」という質問に答えようとしていましたね。
そのときの答えは、「いくらバッグという分野の個別的な知識を集めたとしても、新しいバッグは創れないからですよ」としておきました。

ここで「作る」ではなくて「創る」と書いたのは、自分の作りたいものを、既製のもののコピーでなくて、今まではなかったようなものを作ろうとすればするほどに、「既製のバッグだけ」の専門家になってはいけないのだ、という意味合いを込めての表現だったからです。

もしわたしたちにとっての「新しい」というものが、たとえば3色ボールペンから学んで4色ボールペンを作ることを指しているのであれば、オタクになってしまっていても充分に役目を果たせるでしょう。
その場合なら、2.0GHzのCPUよりも2.4GHzのほうが尊いですし、携帯電話の画面は大きければ大きい方が良いですし、カメラのレンズは明るければ明るいほうが良いでしょう。

しかし、それが「本当に新しい」ということでしょうか?
本質的にものごとを進めるということなのでしょうか?

ものごとを新しく考えなおすときには、その分野の個別的な知識も要りますし、そこからその分野がどのような変遷をたどって現在に至ったかという流れを追ってみることはもちろん必要なのですが、とりもなおさず必要なことは、その先になにがあるのかということ段になると、人の手を借りずにあくまでも自分の力で想像し、実際に創造してみるのでなければならないということです。

ほんとうの意味での革新というのは、既存の知識をしっかりと学んだ上で、すでにある前提を疑ってみて、それがほんとうにいちばんの近道なのだろうか?と考えなおすことのできる感性・想像力と、それを手かがりに実際に歩みをすすめることのできる実行力を兼ね備えたときに起こるものなのであって、4色ボールペンを作ることとは質的に違います。

たとえばわたしが去年に革細工に取り組んだ時にも、オーナーとの議論をする中で、「色はもっと濃いほうが好みだが形がゆるいのはイヤだ」とか、「裏面も美しくなければイヤだ、間抜けな縫い目を晒すのは恥だ」とか、「ペンケースはどうしても三角形にしたい」とかいう、「こういうのがいいな」どころか、「こうでなければ絶対にダメ」というまでに強い思いがありました。

その思いをとにもかくにも正面から受け止めて、なんとか形にしてやろうという目的意識があるからこそ、「現状は無理だがどうすればいいのかを考えよう」と考えを進めて行けたものでした。
本職の鞄屋さんから言わせると、「よくこんなところ縫ったねえ」とか、「よくこんな道具で作ったねえ」とか、呆れ半分で驚かれるのですが、知りすぎていないからこそできることもあったのでしょう。

ここをもし、そういった「これが欲しい、絶対だ!」という強い目的意識なしに、たとえば世界中のすべてのカバンを知り尽くしている人間が欲しい物を描くとしたらどうなるでしょうか。
その業界に限って言えばとても常識的な、つまりあらゆる制約条件をくぐり抜けるようなアイデアの、技術的にもセーフティでなんの問題もなく実現できるようなものになると思えてきませんか。
こういう考え方をしたときには、どうしても「オタク」的な発想に行き着かざるをえないのです。

◆◆◆

わたしがバッグ作りなんかをしていて行き詰まったときにいちばん参考にしたのは、たくさんのバッグが載っている本などではなくて、動物の骨格が歴史的に追ってゆけるような図鑑だったり、もっと言えば散歩しながら川辺で拾ってきた石ころでした。

山のてっぺんにあったときにはゴツゴツしていたであろう岩石が、水に押し流されて長い長い旅をするなかで徐々に削られてきたという過程が、そのとき手に取った石ころひとつの中に歴史性として刻まれているのだとすると、それは何とぶつかったのか(相互浸透)、どれだけぶつかって続けてきたのか(量質転化)、つまるところどういった磨き上げられ方だったのだろうか(歴史的な論理性、歴史性)と想像してみることができます。

ひとつの石ころでさえそのような歴史性を持っているのなら、地球が誕生して以来の動物の進化の過程などを考えて、そこにはどれだけのものが含まれているのかを想像してみると、これは恐ろしいまでの歴史性が根底に流れているのであり、つまみ食いするだけでもアイデアの宝庫だと言えると思いませんか。

それに比べると人間は、すでにあるものに線を足したりボタンをつけたり、枝葉のところの工夫ばかりを凝らしていると思いませんか。

目に見える現象面だけを追ってもそうなのですし、そこから進んで本質的なところを突き詰めようとすればするほどに、筆記具を前進させる時には「文字を記録するとはどういうことか」を考えてみなければなりません。バッグを前進させたいのであれば、「ものを持ち運ぶとはどういうことなのか」という視点を持たねばなりません。

◆◆◆

技術革新ということばが独り歩きすぎるあまりに、「革新」という言葉の意味がとらえにくくなっているきらがあるのですが、「革新」というのはなにも、あたらしい技術が生まれるのを指をくわえて待っていなければならないというものなのではなく、オタク的な常識に染まっていない人間が、「あれ、ここはこうしたほうが便利なんじゃないの?」という素朴な指摘を、馬鹿だからできて、実際に推し進められたという場合に起きたときに与えられるのだと考えたほうがむしろ正しいようにも思えます。

たとえば「このリモコンって、なんでこんなにボタン多いの?」とか、「このカメラって、なんでこんなに複雑なの?」ということを、単なる一人のワガママだと片付けてしまわずに突き詰めてゆくところにも、そのきっかけがあると言えます。
テレビもカメラも、それぞれ「そもそも」、ゆったり映像を楽しむために、気に入った風景を残すためにあるのなら、手順の複雑さは別に必要とされているわけではありませんね。
オタク化したコミュニティが、いくらその手順にケレン味を見出して自分たちの城に閉じこもるための方便に利用したとしても、他の多数にとっては道具の本質が揺らぐことはありませんから、彼女や彼らは自分にとって都合の良いものを好き好きに選びます。

「馬鹿ほど怖いものはない」というのは、これから取り組むことの常識を知らずに、「だってこっちのほうがいいもの」と馬鹿が譲らないままに前進したときに、革新が起こることがある、という意味にもとれます。
AppleのCEOだったスティーブ・ジョブズは講演で、学生へのメッセージとして"Stay foolish, Stay hungry."と言っていましたが、あれはここらへんの事情を経験的に掴んでいたから言った言葉なのかもしれませんね。

どんなことにせよ歴史を踏まえているのは良いことなのですが、それを「知識的に」知っているだけで、「あれはこういう理由でこの形になっているんだよ」ということを、現実に直面している不便さの言い訳に使っているような専門家や業界は、例外なしに破滅への道を突き進んでいる、と考えてよいことにもなります。

こういうわけで、道具やデザインを考えるにあたっても、先へ進むために必要なのは歴史的な個別の知識ではなくて、歴史の流れと流れ方、つまり論理性なのだ、といういつもの結論に行き着かざるをえないのでした。

(了)

2012/01/17

創作活動はなにから学ぶか (2):専門家からオタクへの転化

※後編を書いていたら長くなったので、全3編になりました。
読みやすいように副題を付けましたが、(1)の本文については修正はしていません。

(1のつづき)


前回では、いろいろな分野の専門家が、その専門とする対象をどのように見るかをおおまかに書いてきました。
身近にいる人の中で、特定の分野に精通している人を思い浮かべてもらえればそれほどずれてはいないことがわかってもらえると思うのですが、ここでの専門家像というものを一言で言えば、一般の人の認識の仕方では捉え切れないこまかな品質について判別しうる、ということでした。

わたしたちはこういった専門家が身近にいることを非常にありがたく思うことが多いものですし、通常ならば相談料でも取られるところを無償で、しかも喜んで教えてくれるところを見るにつけ、彼や彼女らのいったいどこが問題なのか、なんともありがたいばかりじゃないかと思えてきてもおかしくありません。

学生のみなさんは、まだひとつの道具が新しい考え方の道具によって乗り越えられる様を、文字で読む歴史はまだしもその場に身をおいて体験した少ないはずなのでわかりにくかもしれません。

たとえば、というところで、携帯電話が出るたびにあたらしいものに買い換えていた人が近くにいるとしましょう。
今度タッチパネル式のスマートフォンというのが出るというので、彼にあれはどうだろうかと聞いたなら、どういう返事が返ってくるでしょうか。
「テンキーがないとメールも満足に打てないし、絵文字も使えずおサイフケータイにもならないものなんてダメだろう。第一ちょっと考えればわかるとおり、画面を直接触ったら指紋でべったりでとても使えたものではない。物好きは飛びつくかも知れないが、一過性のブームで終わるだろう」と言うかも知れません。

彼は詳しいから正しいだろうと考えて、その意見を素直に聞いていたけれども、1年経つ頃には周りの人たちがパラパラとスマートフォンに変え始めました。彼にもう一度聞くと、帰ってきた答えは「動じるな、変化は一時的だ」というものでした。

あなたはそろそろ、はたしていつまで彼についてゆけばいいのだろうかと、不安になってくると同時に、彼の立場がどういうものなのかを理解しはじめました。

同じことは、電動自動車が出たときにも、電動自転車が出たときにも、デジタルカメラが出たときにも、既存の技術とは違ったやりかたを使った製品が出るときには、それがたとえどんな分野であっても繰り返されてきた主張です。
こういった主張を一言で言えば、「新しいものは邪道である」という考え方です。

昔からの精通者というのは、現代の筆記具が失ってしまった書き味と所有感を万年筆が満たしてくれることを知っているのと同じように、アンティークの収集家もオールドカメラの心酔者も、たしかに細かな品質に心細やかに気づくことができますが、それでもどうしてもわからないし、また目に入ることがあっても頭を横に振ってわかろうとしないことは、すでに自分が囲い込んでしまった世界の、その外側のことなのです。

この原理的な考え方は、新しいものを見るときにも、それが従来の流れの延長線上にあるかどうかという尺度を持ち出さずにはいられないために、論理的な強制として、新しいものを直ちに邪道と見做さなければならない立場に置かれているわけです。

◆◆◆

たとえばフィルムカメラの全盛期に、カシオがデジタルカメラの普及機を登場させたときには、古参のカメラメーカーはもちろんのこと、写真愛好家たちもその反応は冷ややかでした。
ファインダーを覗かずに写真が撮れるか、連写ができないのに決定的瞬間を押さえられるか、板にレンズをつけたようなものをカメラと呼べるか、と言いました。
ところがそれから15年と少し経った現在、時代はどのようになっているでしょうか。
どれだけの会社がまだフィルムカメラを製造しており、どれだけのユーザーがそれを使っており、どれだけの人間がファインダーを覗いて写真を撮影しているでしょうか。

2011年の中ごろ世界最大の写真投稿サイトのFlickrでは、「最も使われているカメラ」(最も使われているカメラ付きスマートフォン、ではありません)はiPhoneになりました。

Flickrより転載

いまあなたがiPhoneで写真を撮影すると、iPhoneは自動的に撮影場所を記録してくれますし、自動的に複数の写真を合成して見栄えの良いものにしてくれますし、その場で編集も出来ますし、それをSNSで共有して友人たちに一斉に見せることもできますし、そのうえ撮影された次の瞬間には特別な操作なしにiPadやPCの大画面で写真の出来映えを確認することもできます。これらのすべてが、ケーブルを繋いだりしなくとも自動的に行われます。

さてそうすると、この先にもカメラは今のままの形で残り続けるでしょうか?

ひとつの目安として、どれだけの数の人間に支持されているかを見ると、プロ向けのカメラの場合はひとつのモデルが全世界で年間10万台売れれば大ヒットですが、iPhone 4の場合は発売3日で400万台を売り上げています。

数で比べても本質は揺るがない、他業種のことを持ちだしても意味がないという人もいますが、そう言い切ってしまってもよいでしょうか。
つい最近の出来事を挙げるにしても、自動車が馬車を、携帯電話がポケベルを、iPodがウォークマンを、それぞれ徐々に、時には瞬く間に乗り越えてしまったことは、どれもがそれまでの世界に閉じこもっていた人間には予想もつかなかったことだったはずです。

ポケベルをあれほどまでに愛用していた人たちが、まったくの一夜、といってもいいほどのスピード感をもって携帯電話に乗り換えたことはまだそれほどの昔でもありませんし、あれほど一過性のブームで終わると言われていたスマートフォンが、今年には従来型の携帯電話を完全に乗り越えることにもなっているわけです。
この大きな変化をユーザーの側から見れば、ただ便利な道具を選べばそれでよいですし、上で述べたような専門家のように、「形式的な逸脱になんらかの根拠付けを見出してからでないと動いてはならぬ」という心理的な制約もないのですが、作り手側から見れば、これはとても大変な変化です。

さきほどはiPhoneを発端にしたタッチパネル式のスマートフォンという機械が、あっという間にカメラとしても台頭してきたかという一例を上げましたが、スマートフォンはなにも、カメラとして使いやすいだけではなく、電子辞書に電子書籍、ゲーム機、予定表やナビといった他の分野にも足がかりを持っているのです。
それらの分野に従事してきた人たちや、それを支えてきたファン層は、あたらしいものが普及するさまを、別の惑星から来たエイリアンの侵略のように受け止めるかも知れませんが、柔軟な考え方のできるユーザーから見れば、持ち運ぶ道具、買う必要のある道具をひとつにまとめてくれる救世主かもしれません。

専門家が相当の審美眼を備えており、滅びかかってゆくもののなかにそれを乗り越えて滅ぼしつつあるものには到底叶わない所有感、使い心地、神に至るほどの細かな品質を備えていることを認めたとしても、専門家が神だと崇めているのは、とても狭い分野の、極めて強い特殊性を持った神であることを忘れてはいけないと思うのです。
道具の目的はあくまでも、ひとつの目的をより容易くより良く叶えること、なのですから。

もしあなたが広い見識を持った一流の専門家になりたいと思うのなら、原理的なものごとの見方はそのままにして、その原理を、既存の道具の見た目の形式面に置くのではなく、「その道具がどういうものであるか、なにをなすためのものか」という本質の面に置くことにすればよいのです。

(3につづく)

2012/01/16

創作活動はなにから学ぶか (1):専門家のあり方

思うところあって、


手持ちの万年筆をじっくり眺めていました。

わたしは手持ちの物を増やしたくないのでお金があろうがなかろうがあんまり物を買いませんし、買ったものはどれだけ貴重な稀覯書でもアンティークでもまるきり遠慮なく使い倒しますが、それだけに手元にあるものは「本当にいまこれが必要なのか?」と検討を重ねてきたものばかりなので、自分としてはけっこうな思い入れがあります。


写真にあるのは手持ちの万年筆ですが、右側のものはここ10年ほど使い続けていても、なんの不満もありません。

もともとは家族が放ったらかしにしていたものを洗って使っているだけなので、その意味では偶然の出合いであるとはいえ、それでも毎日毎日使っているのにこれだけの期間手元においても苦になっていないということは、そこにそれだけの根拠がなければおかしいのです。

いま個人的に、ものづくりの分野でいくつか取り組んでいる事柄があるのですが、当然ながらその出来映えが去年と比べて質的に向上していなければならないという条件がありますから、本当に気に入って選んだり使い続けてきたものの中にどのような根拠が潜んでいるのかということを改めて向き合い直すことで、この先の道しるべになってもらおうと考えたのです。(ちなみに年末に言っていた、「残りひとつの作品」というのは、素材が手に入ってから作業に入ることになりました。どうせ自分たちでやるなら、できるだけ安くで作りたいですしね)

◆◆◆

わたしがあんまりぼんやり手元を見つめているので、なにをしているのかとたずねてきた学生さんにこう説明しましたら、「なぜ彫刻したり絵を描いたりといったものづくりをするときに、他でもない万年筆を選んだのですか」と聞き返されました。

わたしは、この質問をちょっと考えてみて、これは、「たとえばあたらしくバッグを作るときには、世界中のバッグを調べてみればよいはずではないか。なんらの関連性もないはずの万年筆からなにを学ぼうというのか」ということを聞きたいのだろうなと理解しました。

これについて結論から言うことにすると、「バッグをいくら調べてみても、本当にあたらしいバッグは創れないからですよ」ということになりますが、つい最近、革新性とはどういうものか、について友人のあいだでやりとりしたので、ちょうどいい機会だと思い、そのことも含めて整理して書き残しておくことにしたのでした。

お題については記事のタイトルにしたようなものにしましたが、そのほかにも、「専門家は何を見落とすか」、「革新はどこから起こるか」といった内容にも触れたものになると思います。

思います、と無責任なのは、あれやこれやと考えながら書いているところなのでどんなことに言及するかが書き終わってからでないとよくわからないためですが、明日の夜には空き時間で後編を書き上げられるはずなので、あんまりにもとっ散らかっている場合にはこの前編も手を加えて読みやすくするつもりです。(加筆修正したときにはお知らせします)

◆◆◆

はじめに、というわけで、冒頭でせっかく万年筆のことについて触れたので、それが筆記具の中で持っている位置づけを考えてみましょうか。

万年筆をふくむ筆記具の歴史は、もともと人類が知識を蓄積するようになったころにまで遡ることができます。
知識を蓄積し、後進へと伝えてゆくにあたって、古代の文明に生きた人たちは、石や粘土に絵や文字を刻みつけたりするようになったのでした。
そのころは先の尖った硬い石や金属であったものが、羊皮紙や紙が出始める頃になると、筆記具もそれに相応しい形に姿を変えることになり(相互浸透)、鳥の羽にインクをつけて使うものからはじまり、衣服を汚さぬように工夫されたものを経て、いわゆる毛細管現象を使った現代の万年筆に通じるものができてきたのです。

ところで筆記具を広く見渡すことにすると、19世紀の終わりにいまの形に近い万年筆が生まれるのと前後して、いろいろな種類の筆記具が登場しています。
コンテに鉛筆、シャープペン、ボールペンが代表的なものですが、それらが出揃った現在においての万年筆の位置づけとしては、それらに押されるかたちで、実用的な筆記具というよりも嗜好品としての意味合いが強くなってきたように思われます。

万年筆が、常用の文具としては他のものにその座を空け渡したのにはそれなりの理由があり、たとえば書いてすぐに触ると服の袖が汚れるだとか、蛍光灯に当てておくと退色してしまうだとか、同じ色のインクに見えても混ぜると固まってしまうものがあるだとか、書いたあとでも水に濡れると滲んでしまうだとかがそれです。(このことについて、ブルーブラックインクは保存性に優れているからそんなわけがないと頑なに主張する人もいますが、それでも退色したり乾いても濡らせば滲むというのが経験的な事実です。書きつける紙質にもよりますが、わたしの机に貼ってあるメモ書きも5年でほとんど読めなくなっていますから)

もっとも、上で述べた短所というのは、切り離すことのできない側面とも結びついており、その側面から見れば長所でもあるのです。
たとえばインクが水性であることから濃淡がつけやすく文字に個性が出やすくなり、ボールペンのようにインクのくずで紙を汚さずにすんだり、文字の書き始めにボール跡が残らない、などという利点がそれです。

とくに個人的なことを言えば、万年筆が他の筆記具と比べて優れていると思われるのは、やはりその書き味です。
わたしは手持ちの万年筆を忘れたことに気づくと、時間が許すならどれだけ面倒でも取りに帰るほどに、他の筆記具では代用の効かないものであると思っています。
万年筆の愛好家は、多かれ少なかれ同意してくれるのではないでしょうか。

◆◆◆

そのことにそれほど思い入れのない大多数の人からすると、何を大げさな、というところでしょう。

それでも「神は細部に宿る」という言葉があるとおり、ものごとを突き詰めていくと、一般の人からはとても想像もつかない細かな工夫が折り重なって、その道具の特徴を彩っていることがわかるものです。
たとえば筆記具なんて書ければなんでもいいと思っている主婦は、信頼できる八百屋さんで買うのでなければ、スーパーでは野菜を裏返して、茎の断面がどうなっているかを確認しますね。それから革好きなら、革製品に「ネン」が入っているかどうかを真っ先に見るものですし、それと同じように万年筆愛好家なら、ペン先とニブの素材と繋がり方をみて書き味を想像します。

その分野のものごとに詳しい人が、先人から受け継いだり、自分の長年の経験から養ってきたそういった見識眼というものには、それだけの根拠があり、またそれだけの実際的な有効性を持っているものです。

いちばん正面の野菜を手にとって家に帰っていざ料理しようと思ったら痛んで使えなかったり、目が肥えてくると革製品だと思っていたものが合皮であることがわかったり、同じ万年筆を使っているはずなのにマニアが中字を削って細字にしたものを使わせてもらったら書き味がまるで違っていたりすると、この失敗を繰り返すまいという気持ちが働いて、次こそはと熱心に勉強するのも無理はありません。
そしてその知識を実際のもの選びや友人との議論に活かすことができると、なおのこと探究心に磨きがかかり、そのことと直接に、努力して得た知識の確からしさが経験によって力強く裏付けられたようにも思われてきます。

このことは、職業上の研究職だけではなくて、たとえば自分の仕事に真摯に取り組んだり、自分の趣味を真剣に突き詰めたりする人には、必ずといっていいほど見られる傾向です。

彼女や彼ら、いわばその道の専門家は日頃から知識の獲得に余念がありませんから、もしあなたがそのジャンルについて聞きたいことを相談すれば、探しているもののいちばん美味しい時期はいつか、新製品が出るのはいつか、一見するとよく見えるが使いにくいものはどれか、自分の目的に叶うグレードの商品はどれくらいか、といったことを細々と、しかも何の見返りも要求せずに親切に教えてくれるでしょう。

(2につづく)

2012/01/15

人間の集団意識は存在するか (3)

(2のつづき)

前回では、集団意識が存在する派、存在しない派について見てきました。


では、このどちらが正しいのでしょうか。

結論から言えば、集団意識が存在するという、素朴で感性的な認識は、必ずしも間違いではないのです。
ところが、「存在する派」の間違いは、それを「実体的な存在として」探しまわった、ということにあるのです。

もともと、人間のアタマの上に精神が抜き出て存在する、ということがあり得ないとしておいたはずなのに、組織の成員が入社後にだんだんと足並みが揃って効率が良くなってくるという現実を見れば見るほどに、なんらかの力がはたらいていることも否定できないために、どうしても集団意識というもやもやした雲のようなものが組織の成員のアタマの上から、それぞれに司令を与えているような説明をせざるをえなくなってしまったのでした。
それでも、オバケのような集団意識はやはりおかしいと考えてゆくと、組織図を見れば直属の上司がおり、その上にはまた上司、というふうにして社長がいちばん上に位置していることを突き止めると、結局のところ社長がオバケの正体であったのだということになってしまいます。

研究者の恐ろしいところは、一般の人と違って、「自説の辻褄が合わないことには食いっぱぐれる」という強制力が働きますから、どれだけ珍妙な結論になろうとも、研究者として振舞っている間には、傍からみるとどれだけコジツケに見えようとも、頑として自説を曲げようとしないところです。

◆◆◆

集団意識と呼びたくなるものはたしかに経験上感得されるものですが、それはなにも、わたしたちの頭上にもやもやと存在していて、そこから司令を発信しているようなものではないのであって、あくまでもわたしたちそれぞれの「アタマの中」に個々別々に、自由意志とは違ったかたちで、学問的に言えば「対象化された観念」として存在しているのだ、と理解すれば良いのです。

たとえばある会社に入社したときは、そこでのやり方がそれまでの人生とは違いすぎて、本当に馴染めるだろうかと思うものですが、そこで過ごす年月が長くなるにつれて、「なるほど、電話応対で『もしもし』ではなく『もしも』で切るのは、外部からではなく同僚の電話に出るときの合図なのか」といった独自のルールに慣れ親しんで、使いこなせるようになってゆきますし、それが眼に見えないものであっても、「あんな口の聞き方をしたら部長は起こるぞ、ほらみたことか」と、予想が立てられてゆくようになります。
組織で長く活動を続けていると、自分が「あれをしなきゃ」と思ったことを他の誰かがやってくれていたりしたときなど、阿吽の呼吸が見られるときにはなおさらその確信は深まります。

つまり組織の成員がそれぞれを同一の組織で過ごし、そのそれぞれが同様のかたちで対象化された観念を持つようになり、それに従って行動することによって、その現象面だけから分析しようとすると、あたかも集団意識に統率されて突き動かされているように見える、ということなるのです。

現象だけを見て過程における構造が読み取れないと、どうしたって相容れない2つの事実を突きつけられるのと同時に、研究者としてその理由を考えなければならない事情の板挟みになって、結局オバケのようなものが自分たちを統率していると思い込まずにはいられなくなります。

研究者ならば、一般の人たちからも嘲笑されるようなトンデモ話に捕まらないだろうと思うのは早計です。

最近、わたしの周りに「本質のつもりで実体を探し回るのをやめよ」と言われて怒られていた人がいましたが、その姿を見て、まったく何度怒られれば気がすむのだ、と応援半分、ミーハー半分で見守っていた人も、今回の話がわかっていなかったのであれば、素朴な常識を持った一般の人たちから笑われる運命にあります。

◆◆◆

同じように家庭という小さな組織を見ることにすると、赤の他人であったはずの二人が夫婦という関係を結んだときには、口癖や仕草などが似てくる、という個と個のあいだの相互浸透が見つかりますね。
もしその過程を細かに見るならば、妻の表現を見た夫が、それを対象化された観念として持ったことをきっかけにして、それが当人の自由意志との浸透を繰り返すという、自由意志と対象化された観念との相互浸透が量質転化的することによって生成される現象ということができます。

会社組織の成員の場合は、明文化された規則などの形で強制力を持ったものから生成されたところの対象化された観念によるために家庭内とは浸透度合いに違いが見られること、成員の数が多くなればなるほどにその間で結ばれる関係性は飛躍的に増えることなどという違いはありますが、原理的な生成と発展の構造は、それほど理解に苦しむほどのことはありません。

全体の構造がわかれば、どのように調査を進めてゆけばよいのかも自ずと明らかになってゆきます。
構造がわかれば、参考する文献の中に踏み落としが見られる場合には、それを訂正しながら読み進めることができます。
構造を読み解けるためには、どれだけ遠回りのように見えたとしても、学問における世界観をちゃんと押さえておくことがいちばんの近道なのですし、そのことが、ゆるがぬ土台となってくれるわけです。

学問の世界観や弁証法などという名前を出すと、「そんな大雑把なものが現代に通用するか。中世や近代ならともかく、情報化で複雑化した現代社会においては役に立たないから棄ててしまえ。書を棄ててフィールドに出よ」という先生もおられると聞きますが、ほんとうにそうでしょうか。

世の中がどうであるかはともかく、わたしたちは今回も、他ならぬ学問のおかげで、まともな卒論が書けることになっていったのでした。
ところで、学問に学ばない卒論とは、いったいなんなのでしょうね。

(了)

文学考察: 喫煙癖ー佐々木俊郎

コメント後半に、


基礎修練の持つ意味合いとそれに向かう姿勢について少し述べたので、興味ある方は拾い読みしてください。

◆文学作品◆
佐左木俊郎 喫煙癖

◆ノブくんの評論◆
文学考察: 喫煙癖ー佐々木俊郎

月寒行きの場所の上に、みすぼらしい身なりの爺さんと婆さんが向い合って座っていました。やがて2人は、爺さんが吸っていた煙草の煙が婆さんの顔にかかったことをきっかけに会話をはじめます。そして会話は自然と、爺さんが札幌に住んでいた頃の話題になっていきました。彼はそこで十五六の時から、鉄道の方の、機関庫で働いており、煙草を買いはじめたのもこの頃からだというのです。そして、それを買いはじめたきっかけは、そこの停車場に出来た売で働いていた娘の顔を見るためだったというのです。そして、あれから35、6年経った今でも、爺さんは煙草を吸う旅に当時の娘を思い出すといいます。
一方これを聞いていた婆さんですが、実はその娘というのはなんと自分だと爺さんに名乗り、指にはめた真鍮の指輪を彼に見せました。それは当時彼が機関車のパイプを切ってこしらえたもので、彼女もまたこれを見る度、当時の爺さんを思い出していたというのです。こうして奇跡の再会を果たした二人は、現在お茶屋をしている婆さんが爺さんに自分の店でお茶を入れる約束をしながら、月寒に向かっていくのでした。
 
この作品では、〈時間と体験は物理的には繋がりを持ちながらも、認識の上では独立している〉ということが描かれています。 
まず、この作品における感動とは、言うまでもなく、2人の男女が35、6年の時を経た今でもお互いを思い続け、奇跡の再会を果たした、というところにあります。というのも、私達には一見、長年誰かを思い続け、更には再会を果たすことが困難な事に思えるからこそ、こうした二人の再会が心を温めてくれるのです。しかし、そもそも何故2人は長年、互いを思い続ける事が出来たのでしょうか。30年以上も時が経ってしまえば、お互いの事なんか忘れて、再び出会っても気づかなくてもおかしくはないはずです。ですが、この2人がそうならなかったのは、それぞれが当時の体験を呼び起こせるものを持っていた、という点にあります。それが煙草と指輪なのです。事実物語の中でも、爺さんの方は、煙草を吸う度に自分に煙草を売ってくれた婆さん(当時の娘の姿)を思い出し、一方婆さんの方は、指輪を眺める度、自分にそれを渡してくれた爺さん(当時の青年だったであろう姿)を思い出していたとそれぞれが語っています。
確かに彼らが出会い同じ時を過ごしたのは、30数年前のほんの一瞬の出来事だったことでしょう。しかし、彼らがその体験を昨日の事の様に覚えておけたのは、毎日お互いの事を思い浮かべる術、或いは装置を持っていたからにほかなりません。ですから、時間としては30数年経ち、恐らく顔にも皺ができ、髪も白く染まってきた姿で再会しても、2人はちゃんとお互いの事が理解でき、当時の事を昨日の事のように会話する事が出来たのです。

◆わたしのコメント◆

札幌を出発した馬車に偶然乗り合わせた二人の老人が、「爺さん」が呑みつづけている煙草を手がかりにしながら話を続けてゆくうちに、相席した「婆さん」が、実は幼い頃に恋心を抱いていた娘であったことがわかる、という物語です。

物語の冒頭をみると、煙草の話題が出たのは、爺さんの吸う煙草の煙が婆さんの顔にかかってしまったことで爺さんがそれを詫びたということをきっかけにしています。

この時から両者は、それぞれの脳裏に、それぞれの「煙草」にまつわる思い出を、「そういえば、」というかたちで過去の体験に遡りながら呼び覚ましてゆきます。

爺さんは、生業にしている火夫(かふ。かまたきの職人。コメント者註)の仕事のあいだでも煙草を手放せないのだと婆さんに説明しながら、そういえば、一五六歳の時から煙草を吸い始めたから、三五六年のあいだの愛煙家ということになるなあと記憶を辿ってゆきますね。
それでは、と婆さんから、お仕事から察すると札幌の町に馴染みが深いのでしょうかと尋ねられると、爺さんは、そういえばもともとは、停留所の売店で売り子をしていた「可愛い娘」を一目見たいあまりになけなしの身銭を切って煙草を吸い始めたのだ、という思い出に行きあたるのでした。

◆◆◆

この二人の会話の流れを見ると、当初は「煙草」という漠然とした像をそれぞれのアタマの中に思い描きながら、「煙草といえば…ということがあったな」という、いわば連想ゲームのようにして手探りに、それぞれの記憶の中から思い思いの思い出を引き出していっていることがわかります。

物語のはじめの段階では、それぞれの脳裏には別々の「煙草」像が浮かんでいるのですが、概念としては同じでも、その内実はそれぞれ違ったものであるのですから、少なくとも当初は、二人が共有している「煙草」像が、いわば形式だけを与えられた状態であることになります。

そこから話が進み、互いの「煙草」像がどのようなものであるかを陳述していったことによって、そこに「三五六年前」、「札幌」などの概念が加わることになり、しだいしだいに二人の思い描いている光景はひとつの像として絞りこまれてゆくことになります。

これは直接に、「煙草」像がその形式だけではなく、その内実をも増していったということに他なりませんが、ここまでくると「煙草」の像は、ある光景に含まれているひとつの要素になってゆきますから、内容を掬いとって形式が壊されるという意味で、ひとつの光景の中に「煙草」像が止揚されたのだと考えてよいでしょう。

最終的にはこの光景がしだいしだいに明確なものとして浮かび上がりはじめ、「停車場の売店」、「売店の娘」という思い出が付加される頃になると、二人が思い描いている光景が、同一のものであることがはっきりします。
二人の思い描く像が一致した瞬間を見てみましょう。
「それはそれは……実を申しますと、あの頃その売店に座っていたのは、私でござんすよ。」
「ははあ! それさね。」
爺さんは驚きの眼をみはって、婆さんの顔を、じっと視直した。
そうして物語のさいごには、婆さんが娘の頃、ある青年からもらった「真鍮の指輪」を肌身離さず持っていたことによって、物理的な証拠が二人の関係を保証することになるのです。

◆◆◆

二人のアタマの中に浮かぶ像を、順を追って整理してゆく時には、その像のあり方を漫画的に想像してもよいでしょう。
二人のアタマから出たふたつのフキダシが、しだいしだいに重なりあいはじめ、そのころには同じ経験を持っていたのだろうかという思いがくすぶり「まさか?」という感情となり、最終的に像が一致する頃になると「そうだったのか!」という感嘆となって現れることがわかりますね。

当初は独立していた観念的な「煙草」像が、それぞれの物質的な表現を互いに見て聞いてするうちに、それを含んだひとつの像として絞りこまれ、結ばれると直接に一致してゆく、という過程における構造がわかるでしょうか。
それとともに二人の感情が高まってゆくさまがわかるでしょうか。

今回の評論について言えば、もしそのことを指摘したいあまりに、一般性を〈時間と体験は物理的には繋がりを持ちながらも、認識の上では独立している〉としたのかもしれませんが、これでは表現があまりにも硬すぎるかつ一般的すぎますし、一般読者の感想を代弁するなら率直に言ってわけのわからない言い回しである、というのがふさわしいところですから、より原典に即した表現にしなければなりません。

(もしかすると、ゼノンのパラドックスのように「時間は無限であるが有限にも分割しうる」という矛盾のことを言いたいのかなとも思いましたが、この物語で運動における矛盾を扱う必要も無いですし、どこかで聞いたフレーズをわからないまま引用してしまったのだろうと判断しました。もしそうであるなら、いつものとおり、「自分のわからない言葉は使ってはいけない」と言っておきましょう。誤解であるならその内実を聞かせてほしいと思います。)

◆◆◆

また論者は、ふたつの舞台装置「煙草」と「指輪」を取り上げて、その双方が体験を呼び起こすための鍵になっていたのだとしていますが、上で見てきたように「指輪」は、物語さいごの物理的な証拠として、物語をだれにでもわかるような形で着地させるための、いわば「ダメ出し」の形で扱われており、それが登場しなくとも二人の観念的な像は、彼女・彼らが青年のときの停車場の売店として結ばれているのですから、その違いをより鮮明に認識し、明確に指摘して欲しかったところです。

また一般性を考えるときには、この物語が教訓らしきものを含んでおらず、物語そのものに捻りもないことから、<「煙草」が繋いでいた二人の思い出>、<「煙草」が呼び覚ます二人の思い出>などと、素直に要してしまってもよいでしょう。
前者は物語を終わりから見たときの表現であり、後者は物語の過程の一時点を取り上げたときの表現になっています。

総合的に評価すると、今回の評論は、あらすじは悪くないものの、一般性が漠然としすぎており、おそらくは論者の中でも明確に意識できない表現を使ったことに引きずられて、論証部が締まりのないものになってしまっています。

これは、原典を、キーワードをしっかりひとつずつ探しながら読むことをしていないためです。
上で括弧書きしておいたものが主だったキーワードになっていますので、まずは原典をプリントして自分の力で赤線を引くことをしたうえで、コメントを読みなおして答え合わせをしなければなりません。

一般的な文章能力のレベルが上がってきていることは論者自身がいちばんよく実感しているところではあると思いますが、その段になった時に、はじめて、基礎的な修練の姿勢における「粗」が目立ち始めるということを、まっとうに恐ろしいことだと思えなければなりませんし、それがまっとうに思えるだけの認識の力をつけねばなりません。

せっかく真剣を持って良いと言われるまでになったのに、気が抜けて素振りをさぼっているのなら、また素振りの内実に目を向けずに素振りの「数」だけを目安に修練に当たるのなら、その過程は直ちに「質量」転化として現れることになり、真剣が木刀とは異なるために「かえって」、自ら足の小指か太ももを切り裂く運命にあることを、厳粛に受け止めてほしいと願ってやみません。

その段階にはその段階に上がるための過程があり、そしてその段階を維持するための過程があり、それらは質的に保証されていなければならないことから、やはり段階に至る過程そのものがどのような質を維持しているかの重要性は、いささかも減ることはないのです。極意論的に言うなら、量質転化における「量」は、質的に保証されていなければならない、ということです。

なぜにわたしが基礎的な鍛錬を何年経っても止めて良いと絶対に言わず、どんなことよりも重視しているのかという理由を、ここにある表現のあいだの行間をきっちり読むことを通してその認識そのものを受け止めてくれるなら、わざわざ小言を言った甲斐があるというものです。

ここで気を抜いてしまうと、すべてが水泡に帰する恐ろしさを持った勘所ですから、自分の責任でもって修練に当たることを、重ね重ねお願いしておきます。

◆◆◆

さいごに、表現の形式とその解釈の余地について述べておくことにします。

この物語は、二人の登場人物の描き出す像が、その物理的な表現を手がかりにすることによって重なりあってゆくさまを描いていましたね。

今回の物語では「表現」が、それぞれが発する音声に限られていましたが、「表現」というものを広く見ることにすると、文芸作品もその中に含まれます。
ひとつの作品の鑑賞の過程を考えると、ひとりの人間が、ある表現を見たり聴いたりして体験したときに、そこからどういった情景を思い浮かべるかは人によって異なります。

たとえば別れ話を扱った同じ歌を聞いたときにも、ある人は家のしきたりで離縁しなければならなかった昔の恋人を思い出して涙を流すかもしれませんし、またある人は、昔はともかく現在は、想い人と結ばれることも難しくなくなったことを思い、幸せな時代に子どもを育てることのできる境遇に感謝の念を抱くかもしれません。

作者がどんな生まれや育ちを持っており、そこから得られた素材をどのように活用してひとつの表現を創り上げたかはともかく、それをいったん表現にしたときには、細かな情景が捨象されたものとして現れてくるほかありません。

つまりひとつの表現が作り手の手を離れたときには、その表現は、彼女や彼の持っていた認識から相対的に独立した形になっていますから、読み取り手がその表現を見て、作者の思いもしなかった光景を思い浮かべる場合もありえます。

表現論においては、ひとつの表現が、それを通して読み取りうる作り手の認識と客観的な関係を結んでいることをもって、正しい理解であるとし、明らかな踏み外しがある場合には誤解しているのだとしますが、正しい理解とされるものにはある程度の幅があります。
そして、作品の形式いかんによって、正しい理解とされる幅は広がったり狭まったりします。

一般的に言えば、文学作品はひとつの情景をありありと描き出すことに長けていますが、それに対して詩や短歌などは、その表現を簡潔な形に磨き上げることと直接に多分な解釈の余地を残すことによって、その形式を持つことの特徴になっています。
また科学的な論文では、解釈の余地をできるだけ狭めて、特定の像を読者に過たず伝える工夫がなされているものですし、それに対して役所で行き交っているような文章には、わざとぼかした表現を使って、後日問題が起きたときにはいかようにでも解釈して弁護できる余地を残しておくための工夫が見られます。

ひとつの表現にどれだけの解釈の余地があるのかは、多くがその形式に委ねられているわけですが、ひとつの作品がどんな形式やどんなジャンルの作品であるにしろ、そこに普遍的な内容が含まれているところに、名作の名作たる所以があるのです。


【正誤】
・「月寒」は地名の中でも難読語であるため、「月寒(かむさっぷ)」と振り仮名を振るのが適切。
・著者名「佐々木俊郎」→佐左木俊郎
・お互いの事なんか忘れて、→お互いの事など忘れて、(「なんか」は口語なので、文語体にすべき)