2012/11/26

本日の革細工:眼鏡ケース

革いじりしてるのに研究もちゃんと進めているのを見ると、


どうやって時間を作ってるんですか?と言われることがあります。

一日はみんな同じ時間ですし睡眠時間もちゃんと取っているので、規則正しく生活をする、ということがいちばんの土台になっていますよ、というのが、実に当たり前に聞こえるとしても、やはり正しい答えです。

日本の会社で働いている人の行動パターンを見ると(こういうものの統計を採るのが好きな研究者もいるのです)、行っても行かなくてもいい付き合いや隙間時間にゲームやソーシャル・ネットワークで時間を潰してしまったりすることが積もり積もって、相当な時間となってしまっていることが多いようですが、自覚していないところで、実際にはもっと無駄になっているのではないでしょうか。

行動というものはいったん習慣付いてしまうと、そこを疑うということをしなくなってしまいがちなので(だからパターンと言う)、勤務時間は一般的な範囲で収まっているはずなのになぜか時間がない、ということにもなりかねません。

平日の一日15分と休日の2時間ずつでも取り組めば、3ヶ月であたらしい語学やあたらしい趣味の基礎は作ってゆけることを思えば、今の自分がどういった環境との浸透過程において創られてきており、そしてまた現在も創られつつあるのか?という、相互浸透という観点から生活を見なおすという姿勢は、常々忘れずに持っておきたいところです。

今年も終わりまであと1ヶ月ほどですが、みなさんは今年の初めに立てた(はずの)目標までたどり着けるだけのペースを維持できているでしょうか。
わたしはいつも最後までわからないので、いまはちょうどスリリングな時期です。わからないことは、やってみるしかありません。

◆◆◆

さて、今回は表題のとおりの眼鏡ケースです。

前から頼まれていたのですが、簡単なようでいて意外と難しく、数ヶ月型紙を作ってはつぶし、していました。

わたしがはじめ考えていた条件は、こんなところだったでしょうか。
・鞄の中で眼鏡が潰されないだけの強度があること

そりゃそうだ、と思われるかもしれませんが、世にある革製眼鏡ケースといえば、革をくるりと包んだだけのようなものあり、満員電車で押されるどころか、書類に押されただけでも眼鏡本体がダメージを受けそうなふうに見えます。ここを、どうにかせねばなりませんでした。

◆◆◆

そういうわけで、真上からの圧力を分散するためには直方体よりも三角錐のほうが、つまりマチは四角よりも三角のほうが良いだろうということになり、こんなスケッチをしたわけです。

図1

このスケッチどおりのものを作ろうとすると、こんな開閉になりそうです。

図2:パターンA

しかしこれを見て、あれっ?と思いました。
ボタンを手前に持ってくると、眼鏡を手探りで出し入れしなきゃいけなくなる…。

かといって眼鏡の出し入れを手前に持ってこようとすると、オーナーが正しく操作しなければいけないはずのボタン部が奥側に配置されてしまうのです。

ここどうすればいいのかな?

と思って、同じような仕組みの眼鏡ケースを調べてみると、
「フタの部分には眼鏡を置いておくこともできます。
眼鏡を机との干渉から防ぐデスクマットとして。」
みたいな文句が踊っています。

…どうやら、アテにしたのが間違いだったようです。

◆◆◆

いいでしょうか。そもそも、眼鏡ケースという道具とはどういうものか、といえば、眼鏡をバッグの中などで他の道具との干渉から防ぐために用いるものなのであって、その上に眼鏡を置いて適宜使うようなものではありません。

もしこの形を、文房具ケースに採用すれば、たしかに開いたフタの裏にいくつかの筆記用具を転がしておいてそれなりに便利に使えるのでしょうが、その発想を、身に付けるための道具である眼鏡にそのままの形で横滑りさせてよいはずがありません。

文房具は書くことの進行度合に応じて適宜使い分けるものですが、眼鏡というのは、つけているかつけていないかのどちらかで使えればよい、ということが、道具の使い方としての決定的な違いです。

ほかが参考にできそうにないときは、自分で考えるしかありません。

そういうわけで、
手前に開閉するための操作部(たとえばボタンやホック)があり、しかも開いた時には眼鏡本体がオーナーにしっかりと見えるところに出てくるためにはどうすればよいか?

それが、今回のはじめの問題となったのです。

◆◆◆

結果からいえば、これは否定の否定、ということになりました。

閉じた時に三角柱で強度を確保しなければならないからといって、何もマチまで馬鹿正直に三角形にする必要はなかったのです。

マチは折りたたんでしまえばよい、ということに気づくまで、1ヶ月ほどを使いました。
そうしてできたのがこれです。

図3:パターンB

組み上がれば図1と同じようになるはずですが、それを実現するための構造が図2:パターンAとは違っている、ということです。

マチが台形になっていますが、これなら、ボタンも開口部もオーナー側に持ってくることができ、その開口部もかなり大きく取ることができます。

ここまでが、「認識」における問題、です。

◆◆◆

認識の問題が解けると、次はどんな問題が待っていましたか?

そうです、「技術」、の問題です。

この時点でアタマに描かれている理想像を、いかに現実化するのか、といえば、これは実践との格闘以外にはありえません。

以下は、これまでに作ってきた型紙の一部です。


死屍累々でした。
これはいちばんさいごの段階で検討していたものなので、実際には3桁近いマチの型紙がおじゃんになってゆきました。

こうして、思い描いたものが現実に移し替えられてゆく過程になると、それに付随するものが浮かび上がってきます。

それは、認識の段階では思いもしなかったような、たとえば「革が意外と曲がらない」だとか、「なぜかうまく染め付けられない」などといった細かな問題ですが、その他にも、その裏返しとしての、意外な収穫、というものもあるのです。

今回でも、それがありました。
実際に出来たものを見ながら確認してゆきましょうか。

◆◆◆

今回出来たものがこれです。


家の中を探して、家族の眼鏡を探してきました。


では実際に眼鏡を入れてみましょう。


開口部が大きめに開きますね。ベタ貼りなので、裏地がありません。


眼鏡のようなデリケートな道具を包むケースを考える時にはいつも難しい問題として、閉じる時にボタンをぐっと押し込むと本体に圧力がかかってしまう、ということが挙げられます。


今回は、マチが折り曲がるかたちになっているので、そこに人差し指を入れられるために、ボタンを裏側から支えることができ、本体に直接干渉せず蓋を閉じられるようになりました。


またフタを閉じた時には、マチが折りたたまれた状態になるとともに眼鏡の両サイドを軽く押さえ、本体を内部で揺さぶられないようにしてくれます。

この2つが、マチを台形にしたことによる意外な副産物、でした。

意外とは言っても、それはあくまでも初期の段階であって、そこに現れている法則性が明確に自覚されるようになると、次にはそれを目的意識として念頭に置き、それを意識的に適用できるようになってゆきます。

大きく見た時にも人類の認識は、このように外界との関わりあいによって発展させられてきたものなのですから、座学だけでアタマが良くなる、という発想は、実は初歩で大きく踏み外しているのです。

◆◆◆

さいごです。

今回の眼鏡ケースのオーナーには、以前にペンケースを作ったことがありますから、それと横幅を揃えました。

写真はわたしの手持ちのペンケースですが、大きさは同じなので、オーナーのものと置き換えても同じようになるはずです。


ただ先ほども述べた通り、中身の道具がどういうものなのかを考えてみれば、表面上は同じようなかたちであっても、用途にふさわしい構造を持っているべきなのです。


その構造の違い、という認識における把握がどのような表現となって表れたかといえば、それはマチの違いとなって顕れることになっています。


眼鏡ケースのマチは折りたたみ式の台形であることに対して、ペンケースのマチは少したわみはするものの素直な四角形です。
見た目は似ていても、中身に容れるものを入れ替えれば、同じような機能を発揮することはできなくなりますし、道具の使い方の違いに規定されるためそれが当然です。

あるひとつの道具に関わるものを本質的に考えてゆく場合には、「その道具はどういうものなのか?」とじっくりと、しっかりと問いかけて、その道具との浸透をより深く突き詰めてゆかなければなりません。

ケースの場合に話を限っても、道具の見た目が同じだからとか、ケースの見た目が同じだからとかいう理由で、他の用途として使われている道具のあり方を単純に横滑りさせてしまうと、場合によっては道具のあり方を損ねるような、実に使いにくいケースができてしまいます。

ものづくりにおいても、論理の力が必要だと繰り返し述べるゆえんが、ここもありますね。

2012/11/24

本日の革細工:アイデアノートカバー

世の中は連休中のようですが、


文芸や認識論に関わっている人間にとって、外は外で研究対象がゴロゴロしていますから、街に出ると、おや、あの人は何か心得があるのでは?とか、この人はこんな注意力で事故に遭わないんだろうか…とか、あんな歩き方をしていたらさぞかし靴が痛むだろうな、とか、あらゆることが気になってしまいます。

こうやって身についてしまった問題意識は職業病のようなもので、なかなか見なかったとこにはできないもので、特に人混みなんかは、一度入ると翌日まで引っ張ってしまうような疲れ方をしてしまうため自然と足が遠のきます。

結局、世の休日は屋内でやれること、世の平日は外へと、基本的には逆張りが合っているのです。
休日が不定期な人は、たしかに友人と予定を合わせるのは難しくなりますが、一人でなにかを探求したりするときには、むしろ楽にのびのびと好きなことができる場合は多いのではないでしょうか。

というわけでわたしは今日は、貯まっているお仕事の合間に息抜きとして革細工です。
さっさと紹介しないと次が控えているので、革記事が続くかもしれませんが、書きかけの記事を忘れたわけではないのでどうぞ悪しからず。

◆◆◆

この前の記事で作ったG3 iPadケースで柿渋染めの道具を仕舞いこんでしまったのですが、また出してきてしまいました。

というのも、今回のお題がアイデアノート、いわゆるネタ帳のカバー、だったからです。
紙みたいに薄い0.8mmの革を買ってあるので、こりゃぴったりだと思って、さっそく取り掛かります。

この写真で上に万年筆を載っけてあるのは…
…作りたてなので、革のテンションで開いてしまうからです。
使っているうちに馴染んできます。

今回のお題をいただいたときに真っ先に考えたのは、形としてはこれ以上ないくらいシンプルなものにしたい、ということでした。

世の中にはノートの分厚さを2倍にも3倍にもしてしまうようなゴツイ手帳や、閉じるのにボタンやらベルトやらがついているレザーカバーがありますが、いざノートをとりたいとなったときに、ベルトやボタンが下敷きになったり厚みのせいで手のひらを置くところに困ったりするのでは、「むしろ無いほうがマシ」ということにもなりかねません。

表の革を柿渋染めにしました。
横線にしたのは、背表紙の曲線がより綺麗に見えるからです。
道具としてのノートのカバーとはどういうものなのかを考えるときには、本体をよりよく守ってくれるという機能はたしかに必要ですが、中身を書き込むときにも、使い手の邪魔をしてよいわけがありません。

とくに今回の依頼者の方は創作活動に取り組まれている人ですから、なおさら、思い立った時には道具が妙な邪魔をせずに、直ちにアタマの中のものを書き留めておきたいはずです。

そういうことを考え合わせると、今回のものは、表現者にとって命とも言える自分のアイデアの宝庫であるノートを守りつつ、まるで空気のように当たり前のようにそこにあり、通常の用途を果たしたいときにはどんな意味でも決して邪魔をしない、というものでなければなりませんでした。


◆◆◆

わたしも、研究内容を書き留めておくメインのA4ノートのほかに、A5のサブノートを持っていて、それには南米で買ってきたカバーを被せてあります。

ここには旅行でもらったチケットや美術館のチラシを挟んだり、デッサンやメモ、旅先で出会った人たちの住所など、あらゆるものがごちゃごちゃとつめ込まれています。

旅先で雨に降られて滲んだ文字や傷ついて味の出てきた革の表情を見てると、なんだかほっとする味わいがあって、南米らしい大雑把なつくりも含めて、とても気に入って使い続けているものです。

ただひとつ、上で述べた「使い手を邪魔しない」という原則から見ると、ひとつ問題があります。というのは、筆記の邪魔をしてしまうからなのです。

一般的なブックカバーやノートカバーを開いてみると、だいたいがこんな形をしていますね。

一般的なブックカバー。
たしかに、一口に「文庫本サイズ」と言っても、厚みには色々なものがありますから、それだけ融通の利く仕組みをもっていなければなりません。

それが、上のブックカバーの右側にある工夫で、この折り返しによってカバー部を様々に折り曲げて、色々な厚みの本に対応できるようにしているわけです。

ノートカバーも、これと同じような仕組みのものが多いのですが、こういう仕組みは、筆記の時には実に不便です。

なぜかといえば、カバーに収納されている時には、通常下敷きの役割を果たす表紙部分がカバーに隠されているために、折り返し部が直接、紙の下に来てしまいます。
これはいわば、散らかった机の上に紙をおいて筆記しているようなものですから、筆記具のペン先がカバーに取られる形で字が歪んだりしてしまうわけです。

わたしは今回、ここを真っ先になんとかしよう、と思いました。
そうしてできたのがこれです。


折り返し部分が、紙のほぼ全体を覆うようになっています。
こうしておくと、筆記中に紙の段差でペン先を取られることがありません。

市販のカバーではなぜこういう仕組みにしないのか?と考えてみると、ノートを入れるのが面倒になるのでクレームが心配、単純に革がもったいない、あたりでしょうか。

今回の場合、指定されたアイデアノートが、無印良品の開きやすいノート A5・横罫・96枚でしたから、頻繁に出し入れするための利便性は重視する必要がなく、前者を考慮するよりも、筆記時の引っ掛かりをなくすほうがはるかに重要だと考えました。

ついでに、革もたっぷりありますからね。

◆◆◆

わたしの使っているノートと比べてみると、折り返しの幅が違うことがわかってもらえると思います。

左から、今回のノートカバー、閻魔帳。

めちゃくちゃどうでもいい余談ですが、わたしのサブノートは、南米製のカバーが雰囲気ありすぎるうえに中身がちらっと見えると文字や絵やらでぎっしり、さらにあらゆるものがごっちゃに挟まっているわで、学生からは、呪いのノートやら閻魔帳やらと恐れられています。

実際に中身を読まれると、別の意味で恐れられてしまうと思います。


◆◆◆

コバも削って磨いてありますので、触るとひんやりしています。

わたしは革細工の、このコバの質感が大好きですが、市販のものはここを磨く手間を省くために、革と同じ色の塗料を塗ってあるものが多くて残念です。


また今回は、様々な厚みに対応する工夫は必要なかったため、ノートにかっちりとぴったりなカバーを作ることができました。

横から眺めてみても、左右対称の綺麗なかたちになっています。
専用品の良さは、こういうところに出てきますね。


わたしは散々革細工しておきながら、自分で使うものについてはあまり自分で作ったりはしません。作るとしても、試作としてだけです。

というのも、認識としても技術としてもまだまだ先があるし事実そうなので、その時点で、いくらこれで完璧だ、と思っても、後から見るとやっぱりまだ考える余地があったことがわかってくるものだからです。
そうすると結局、その時点での完成形であるとみなす認識のあり方を、実際に物理的に固定化する=表現する、ということにはあまり興味がなくなってしまうからです。

それでも、依頼があればその人の用途と、その人の予算と、その人の使いたい期限という制約の中で最高のものを創り、作る、ということがはっきりするので、その意味でわたしとしても、目的がはっきりとして取り組みやすくなります。

自分の表現実践を手伝ってもらってしかも喜んでもらえる、というのは、ありがたいことです。

今回のものも、できうる範囲ではなかなか、と思っているのですが、どうでしょうか。
ひとりの表現者である依頼者さんに実際に使ってみてもらって、批判を仰ぎたいと思います。

2012/11/19

本日の革細工:G3 iPadケース

“おもちゃ箱ひっくり返したような”


人間ですね、と言われたことがあります。
なんのこっちゃ、と思っていましたが最近はなんとなく納得できるようになってきました。いまわたしの作業場は、実際にそんな感じになっていますから。

部屋を見渡すと、未整理の本や資料の山はいつものことですが、そこに色を作って置いたままのパレット、木くずだらけの彫刻刀、届きたての半裁革、テーピング、刃引きした刀、自転車の荷台(キャリア)あたりが加わっていて、ついでになにやら怪しげな臭いが部屋中を覆っています。

これは年末までにはひと通りの役目を終えてだいたい片付くはず…ぜひとも片付いてほしい…道具たちなのですが、今回どうにか片付けられそうなのはさいごの銀杏臭です。

柿渋染めですね。

◆◆◆

自転車用のフロントバッグ、G3を作ったのは去年の今頃だったはずですが、そのときにここでも書いた通り、今に至るも技術的にはともかく、世界観、デザインとしてあれを超えるものはできていません。

今年は革という素材は本筋の実践の対象ではないので、その事実が自分の気持を逸らせたりはしないのですが、写真を見返すたびに、「今考えてみてもどこも直すとこがないなあ…」というのが率直な感想です。

自転車用のバッグに話を限れば、実験台としてのG1からオーナーとの共同制作のG2〜G4まで作ってきて、図らずもありがたいことに、それぞれがオーナー以外の人たちからもずいぶんな支持をいただいてきました。

バッグの名前をGnにしてきたのは、単に、そのものの名前をつけるのは作り手の仕事ではないから、という理由を持っていたからですが、オーナーと二人三脚で取り組んできたこの名前は、わたしにとってはもはや、コードネームというよりもひとつの世界観、というような位置づけのほうが近いような思い入れがあるものになってきました。

G3にも"ZEN"というモチーフを表すことばをくっつけていましたが、今見返してみると、G3は禅というよりも、G3はG3としか言えないような気がしてきます。

今回は、ひと月前あたりにG3のオーナーからiPad用のケースを考えてほしい、というご用命を受けたのですが、iPad用のインナーケースといえばiPadトラベルケースを前に作ったときに、ふと思い立ってG3風のものも型紙を起こしていたので、待ってましたとばかりに取り掛かったものです。

◆◆◆

ところが実際の製作に入ろうとすると、ここで意外な盲点があることに気づいたのです。

オーナーは当然ながら、今回のiPadケースも、インナーケースとしてG3に入れることを想定しておられるはずなのですが、そこが問題でした。

ちなみに、今回のイメージはこんなふうなのでした。ノートの隅っこのとんでもなくいい加減な絵ですみませんけども。(左が完成予想図、右が展開図)


さてこのまま素直にケースを作ると、横幅が260mm前後のケースが出来上がります。

ところが、その受け皿になるG3といえば、外寸がすでに260mmなのでした。


そこからさらに、縫い代のためにとった5mmずつと、用いた革の素材としての厚み3mmずつが左右から引かれるために、革の柔軟性を考えても、中に入れられるのはせいぜい244〜246mm前後です。

この時点で、作った型紙はあえなくボツ、ということになりました。

◆◆◆

ここで気づいた問題を整理してみると、

・G3の内寸が244mm。
・iPad本体が241mm。

ということは、iPadケースに許されている横幅は、
iPadから伸ばすこと2mmずつ(!)
ということになるわけですね。

さてどうするかな…というのが、今回アタマを悩ませた問題でした。

一般的に言って、一見すると不可能なように見える問題に直面した時には、自分が暗黙の前提としているものが、本当に絶対的なものであるのかを疑ってみなければなりません。

たしかにこのままではどうしたってG3に収納できるiPadケースを作ることは不可能ですが、そこには「今まで作ってきた革工作のやり方に則れば」、という前提があります。

側面の処理にお話を限れば、今回障害になっているのは、これまでのやり方の結果発生していた次のことがらです。

・縫い代が横にくる
・革が分厚い(今回は3mm革は使えない)


ですから今回はこれまでと考え方を変えて、この条件を満たせばよいのです。

・縫い代を横以外にする
・薄い革を使う(2mm以下)

そうすると、かたちはこんなふうがいいでしょうか。
というか、革の性質と器具の制限から言ってたぶんこれしかないような気がします。
(木型を精確に作れば型押し、という方法もないではありません)

◆◆◆

縫い代を液晶面に持ってくるといっても、縫うときに針がちゃんと通るのか?糸が引けるだけのスペースを確保できるのか?など、色々な心配が頭をよぎりますが、理屈の上では通用するのなら、実際にやってみるしかありません。

この段階でもわりとリスクが高いので、どうせ失敗するなら盛大にやってやろうという気持ちになり、つい最近やれるようになってきた、薄い革を貼りあわせて両方を銀面にするというベタ貼りを採用しようと思い立ちました。

0.8mmの革を貼りあわせれば、2mm以下の革になり、しかも剛性が確保しやすくなるという計算です。
こちらも、理屈の上ではいけそうです。

そうすると、設計図はこんなふうになりそうです。
(貼りあわせた2枚の革がところどころ独立して別のパーツと接着されているため実にわかりづらいですが、出来たものを見ていただければなんとなく合点がいくかもしれません)


「こんなふう」とか「なりそう」とか、なんとも煮え切らない表現ばかりが続くのは、こんなやり方で作ったことがないので、型紙すら描けないから、です。

じゃあどうするのか?と言えば、大まかに革を切り出したあと、余分な部分を適宜切り取ってゆく、という進め方です。この場合、型紙は最終的にできたものを結論的に写しとったものになりますね。

◆◆◆

というわけで、できました。以下は写真です。

◆正面◆


正面から見ると、G3の背面を踏襲したかたちになっています。
自転車バッグほど丈夫さは必要ありませんから縫い代のとり方は違いますが、並べたところを見てみたいですね。

上部の、ちょっとふっくらしているところにマグネットが入っています。

iPadは画面右の上から75mmあたりのところにマグネットが内蔵されていて、そこに磁石を近づけるとスリープと解除ができるので、取り出す時に自然にスリープを解除できるようにしようかとも考えましたが、振動でスリープ/解除を繰り返してしまうとバッテリーを無駄に消費してしまうので見送りました。

◆側面1◆

液晶面側に縫い目がありますが…


◆側面2◆

…背面側にはなんにもありません。
時間はかかりますが、なんとか縫えました。


G3は、外側から見ると角張って見えるのですが、蓋を開いたところに柔らかな曲線の傾斜がありました。
今回のiPadケースでは、そのコントラストが液晶側と背面側に来るようになっています。

◆背面◆

液晶側を伏せると、ゆるやかな曲線だけが見えるので、知らない人が一見するとなんだろこれ?というたたずまいになります。



◆本体の収納1◆

iPadとぴったり。


…今回は、そうせざるを得なかったわけですけども。

◆本体の収納2◆

SmartCoverを付けていても入ります。


今回の製法だと、液晶面をユーザー側に持ってきやすくできますし、なんで今まで思いつかなかったんだろう?とさえ思います。
ただ縫うのにとっても時間がかかるので、量産型を作るならもっとラクな形にしたいところですが…叱られちゃうでしょうか。

◆柿渋染め◆

刷毛で何回も重ね塗りして柿渋染めをし、外側の革を仕上げてゆきます。


使っているとだんだん色が濃くなってきて、色艶が出てきます。
刷毛で重ね塗りしたことによるストライプが、背面側の曲線を強調する役目を果たしています。

◆ベタ貼り◆

外側はブラウン、内側はキャメルにすることで、動物の背中側とお腹側のような色のコントラストを出すことができ、角ばったかたちにも生物的な優しさを取り入れることができます。


逆にすることももちろんできますが、デザインとしてはこちらのほうが自然ではないでしょうか。

わたしたちが持っている美意識というものは、一見すると各人千差万別に見えたとしても、その根底には自然界からの浸透が色濃く流れています。
だから、世に「自然なデザイン」と「不自然なデザイン」が生まれることになるわけです。

作り手からすれば、自然からいかに深く学ぶか、という観点がものづくりにあたってはどうしても欠かせないことにもなりますね。

このことは実は、自然主義の立場で創作活動をしているから自然から学び、機械主義だから自然からは学ばなくて良い、ということ「ではない」ことを意味しているのです。
デザインをするという実践にも、論理の力は必要不可欠です。

◆自転車バッグへの収納1◆

横幅が同じく260mmのG2をたまたま預っていましたので、これで試してみることにしましょう。


入らなければオーナーには渡せませんが、果たして。

◆自転車バッグへの収納2◆

入りました!


ほっと一息。

いつものようにコバの部分をつけてしまうと、いくらコバを磨いていてもバッグの内側のざらざらがコバを削ってしまうので、あらゆる点から考えても、今回はこの製法がベストだったということになりそうです。

ただ前回のiPadトラベルケースと違って、今回のものは縫うのにけっこうな手間がかかるので、コストを考える場合には採用しづらい製法であるのは確かだと思います。

しかし同時に、ミシンでは絶対にできない縫い方でもあるので、手縫いであることの強みは出せるでしょうね。

革細工が楽しいのは、技術的に新しいことができるようになると、それに伴って直接的に表現の幅拡げられる、というところでもあります。

今回のケースも、素材、技術、発想、あらゆる観点から言って今のタイミングでなければ絶対に作れなかったので、こういう巡り合わせがあるというのは、なんとも不思議だなあと思わされます。

2012/11/16

【メモ】学史をいかに把握するか:近代文学史の場合

ご無沙汰しておりすみません。

先月公開した記事について直接の問い合わせが多く、それに答えようとすると弁証法も認識論も基礎から説き起こさねばなりませんでした。

対象化された観念についての問題はやはり非常に難しいのですが、その難しさというのは、表面上をなぞって読んだだけでは「どこが難しいのかわからない」というたぐいの難しさ、ですので、まずは質問された当人のわからなさをわかってもらうというところから始めねばならないのです。

ただでさえ年末を控えて二人分以上は仕事をしているので、忙しいと言い訳をする暇もないというところですが、わたしの眼はいつものとおり黒々としておりますのでそのことについてはご心配無用です。

それから、仕事や日常のどうしても解かねばならない問題について考える際、書面でのやりとりで不足に思われる場合は、やはり直接に来られて面と向かって問われるとよいと思います。
わたしはいつも、研究の内容をおおっぴらに公開してしまうので、結果として発表したもののご案内はできますしここも例外ではないのですが、いくら読者に納得してもらうための表現を考えたものとはいえこれとて結論でしかないために、やはり直接に叱られてきた弟子たちのほうが、遥かに、これはいくら強調してもしきれないほど遥かに、実力がものになってきています。

文面で残しておくと後々見返す時に便利ですが、これだけだと一知半解の恐れがありかえって煩瑣なために、本質的にはお互いに時間がもったいないのではないかなと思われることが多いですので。

◆◆◆

今日はちょっとメモを残しておきます。

わたしのところで学史研究をやって、自らの目指す道を本質的なものへと転化させたいという人は、こんなふうにするのか、という感覚がつかめるかもしれませんので参考にしてください。

これはほんの入口の、いわば「書類の整理」のようなものですが、それでも大事な第一歩です。

順番としてはこのようです。
・良い通史を選ぶ。
・括弧をつけたり線を引いたりしながら通読し全体像を掴む。(図1〜3)
・アタマの中で流れを整理しながらノートを取る。(図4)

これは近代の文学史についての整理の一部ですが、わたしが新しい学問分野に取り組むときにはまずこういった学史の整理を作ります。
ちゃんとした通史を一冊選び再読しながらノートを作っておけばそれが土台となり、他の通史を読んだ時にもそこに書き加えてゆけばよいだけになります。
また、個別研究についても、その学問のどこに位置づけられるものなのかがはっきりします。(裏を返せば、通史の選び方はとても大事です)

わたしは人間の認識の発展過程を追うのが大好きなので、まず学史から入って、そこからその学問が対象としているものの歴史を透かして観るようにします。
たとえば、「経済学史」の流れを捉えた上で、次にそれを手がかりにしながら「経済史」を捉える、ということです。

分野によってはどちらかを追いにくいという場合もあります。
たとえば看護学については看護史(看護の歴史)は追いやすいでしょう。
それに対して物理学の場合は、物理学史は200年ほどの歴史を一般的にたぐることで成し遂げられますが、物理史となると、森羅万象のうちの物理現象とはいったいどういうものかを解かねばならないために、非常に大変です。

前者、看護の実践が人間の目的意識に基づくものであるのに対し、後者は対象として捉える以前から存在し続けるものであるがゆえの難しさ、というわけです。

しかしいずれにせよ、人類の文化遺産としての学問の歴史も、それが対象として捉えられてきたものの歴史も、その道を実際に歩み本質化してゆく際には軽視してよいものであるはずがありません。

現在の大学では、ここをあまりに軽視している、というよりも論じられる実力のある人間を育てて来なかったツケが大いに回ってきていますので、みなさんはここを独力で乗り越えなければ、自分の専攻する分野でまともな業績を残すことなど叶わぬという時代性を持っているのだな、ということを、逃げることのできない、自分の生涯に直接の関係のあるものとして、自分自身の双肩にかかる大きな責任として、真正面から確認しておいてほしいと思います。

◆◆◆

【図1】


【図2】


【図3】


【図4】ノート。今朝方半時ほどで走り書きしたものですので簡素ですが。

2012/10/23

「してはいけないからする」はあり得るか:文学考察: 黒猫ーエドガー・アラン・ポーを中心にして


またもや連載の途中ですみません。


前に会ったときに、論者が実に嬉しそうに自身の新しい発見について語ってくれていたので、我意気に感ず、というわけで、少しでも早くお返事をしたかったのです。

今回扱っている問題は少し難しいですが、人間の認識を本質的に理解したい、という場合いは、避けて通れないはずの問題に言及していますので、文学作品ともに読んでおいてほしいと思います。


◆文学作品◆
エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe 佐々木直次郎訳 黒猫 THE BLACK CAT

◆ノブくんの評論◆
文学考察: 黒猫ーエドガー・アラン・ポー
 「私」はもともと大人しく情け深い性質で、動物が大変好きでした。その為、鳥類や金魚や兎や「黒い猫」等を飼っていました。特に最後に挙げた獣は非常に大きく美しく利口であり、「私」の一番のお気に入りでした。ですが彼はいつしか、酒乱の為に自分の奥さんはおろか、可愛がっていた動物、そして自身のお気に入りだったはずの「黒い猫」にまで手を出すようになっていってしまいます。
 そしてある時、とうとう彼はあるひょんな事をきっかけに憤怒(ふんぬ)し、「黒猫」の目玉をくり抜いてしまいます。しかしその時の興奮がおさまり我にかえった彼は、自分のしたことに対して後悔を感じはじめました。ところがやがてその後悔は消え去り、彼は再び暴力をふるいはじめ、遂には「黒猫」を殺してしまいます。
 こうして「黒猫」を殺した後、彼は再び後悔の念に襲われる事になります。そして次第にその感情の強さ故に、自然と同じような猫を探し求めるようになっていきました。そんなある時、彼は酒場で自身が嘗て殺した猫と瓜二つのものに遭遇します。その猫と出会った瞬間、彼は迷わず持ち帰り、家で飼うことにしました。ですが、やはり彼の動物への虐待の習慣は抜けきっっておらず、嘗て「黒猫」を殺した時と同じ感情をこの猫に感じはじめていきます。しかし猫を殺した時の後悔がその時は強かった為、彼は猫に手をあげる事を我慢することにしました。
 ですが、次第にそうした感情は強くなっていくにつれて、彼は猫に対してどういうわけか恐怖をも感じはじめ、とうとう猫を庇った奥さんと猫自身を殺して家の壁に塗りこんでしまうのでした。
 そしてある時、彼の家に警官が来て、家宅捜索が行われました。ですが怪しいものは一切出て来ません。これに気を良くした彼は、警官たちの前で、「この壁はがんじょうにこしらえてありますよ。」と言ってわざと壁を叩いて見せました。すると、彼はどこからともなくあの忌々しい「黒猫」の声を聞き、慄いてしまいます。その様子を見ていた警官たちはすぐに壁を崩し、死体を発見したのでした。
 
 この作品では、〈後悔の念が強いあまり、かえってそれ以上の失敗をしなければならなかった、ある男〉が描かれています。 
 この作品を一読した後、多くの読者は「何故主人公はあれ程までに猫を殺した事を後悔していたにも拘わらず、それ以上の失敗をしなければならなかったのか」という大きな疑問を感じるのではないでしょうか。その理由を考えるにあたって、私は彼の感情の揺れ動きに着眼しました。というのも、彼は猫と関わっている時、いない時に拘わらず、恐らく酒乱し猫を傷つけた時点から、彼の精神は極めて不安定になっていき、そこが螺旋階段を転げ落ちるように、転落しなければならなかった要因になっているのではないかと考えたからです。
 そこでここでは順を追って、彼の行動と感情を軸に、何故彼が猫を殺さなければならなかったのかを見ていきましょう。そもそも彼は酒乱の為に、猫自身に虐待するようになっていきました。ですが、この時はまだ猫の中には彼の怒りをかう要素は全くなく、単なるとばっちりに過ぎなかった、と言って良いでしょう。そして次第に虐待はエスカレートしていき、遂には「黒猫」の目玉をペンナイフでくり抜いしてしまいます。そこから彼は「黒猫」に対して、後悔の念を感じはじめます。ところがそうして後悔を感じていくにつれて、その後悔はやがて怒りへと転化していきます。これはちょうど、私達が昔の失敗を友人達に掘り返される心情に似ているところがあります。幾ら、その事を後悔しているとは言え、その友人が第3者か当人であったかに拘わらず、数度、数十度と言われれば、怒りがわいてくるものです。この作品の主人公もそれと同じで、直接的に掘り返されずとも、「黒猫」を見る度に、嘗ての恐ろしい自分を思い出し、いつしかしつこく責めたてられているような心情になっていったのです。やがて、ある時点で彼のその怒りは頂点に達し、「黒猫」を殺してしまったのです。
 ですが、再び同じ失敗をしてしまった彼は、再び後悔の念にとらわれていったのです。感の鋭い方はもうお分かりでしょう。彼はこうして、自身の心の中で後悔と怒りとを交互に感じていき、しどろもどろになっていったのです。ですが、ただ同じ繰り返しを心の中でしていたわけではありません。1度目の失敗と2度目の失敗とでは、後者の方が罪がより大きくなっているわけですから、後悔の念もより大きくなっており、それだけ猫を見た時に感じる気持ち(自分で自分を責める気持ち)も大きくなっていったのです。すると、今度はその後悔の念が大きすぎるあまり、その怒りに加えて、恐怖を感じていくようになっていきました。こうして「黒猫」は彼の心の中で、彼の存在を脅かす、まさに魔物と化していったのです。だからこそ、彼は是が非でもその魔物を再び退治して、自分の身を守る必要があったのでした。そしてそうした念の強さあまって、彼はなんの関係もない奥さんまで殺してしまったのです。ですが、いよいよ後悔と恐怖の念が強くなっていった彼は、壁を叩いた瞬間、つい自分がしてしまった事の恐ろしさを改めて感じてしまったのでしょう。その時、彼は自分の心の中の猫の像から、「黒猫」の声を聞いてしまい、つい慄いてしまい、つかまってしまったのです。
 このようにして彼は、後悔と怒りと恐怖を複雑に感じていくにつれて、殺人という大罪を犯してしまったのです。
 
※余談
 またこの作品の不気味さというものは、こうした彼自身の心情の変化の他に、著者自身の描写力からきています。というのも、この作品は主人公である「私」の一人称視点から物語られています。そして主人公は自分が殺人を犯し他人に見つかるまでの過程の中で、2匹目の「黒猫」に対して、1匹目の「黒猫」に自分がつけた痕が日に日に浮かび上がってくる、壁に埋めたはずの猫声を聞く、等の奇怪な現象に遭遇します。その描写はどれもリアリティがあり、恐ろしいながらも、つい目を休めてしまうことを忘れていくことでしょう。ですがもし一般の作家が同じ場面を書いたならば、「あたかも」、「まるで」など、それは主人公だけにしか見えていなかったのだ、という含みの言葉を用いて、作品自体のリアリティを削いでしまうことはないでしょうか。そして、もしそういった言葉を使わなかったとしても、ここまでリアリティある言い回しになっていたのでしょうか。
 そう、こうした場面は作品の世界では起こっていないが、主人公の頭と「読者には」そう見えていなければならない。また、後に「あれは主人公の頭の中でしか起こっていないのだ」ということを「読者にだけは」理解させなければならないという、複雑な場面なのです。
 こうした場面を描ききってしまい、私達にリアリティがあるけど、作品の中でこの描写が起こっているのではなく、主人公の頭の中で起こっているのだ、と理解できるのは、この著者の手腕がそれだけ確かな事への証明にもなっているのです。

◆わたしのコメント◆

物語は、明日絞首刑となる「私」が、彼がなぜそうなる運命となったのか、ということについての省察が、遺書として書かれることで展開してゆきます。

子供の頃にはおとなしくて情けぶかく動物好きだった彼でしたが、成人してから一匹の猫と親しみを深めた頃に転機が訪れます。彼はその頃、酒癖のために気むずかしく癇癪もちになり、彼の手荒さに驚いた猫がその手を噛んだことに怒り、その眼窩から片眼をえぐり取ってしまうのでした。次の日の朝、冷静になった彼は恐怖と悔恨の入り混じった感情を持ちますが、それも長くは続きません。結局、そのうちにいくらか回復してきた猫を見たとき、彼は、猫を木の枝に吊るして殺してしまうのでした。それはなぜかを刑の執行を明日に控えた彼が見るところによれば、その時の彼には天邪鬼の心持がやってきたのであり、それは、悪のためにのみ悪をしようとするという不可解な切望、であるというのです。

その晩、原因不明の火事で彼の自宅は焼けてしまうのですが、焼け残った壁には、なんと巨大な猫の姿が現れているではありませんか。そのことはさらに、彼を恐怖させ、追い詰めてゆくことになります。しかしその間にも彼の心の中には、悔恨に似た感情が戻ってきており、酒場で一匹の黒猫を見出します。ところが彼は、その猫を連れて帰ったとき、それが片眼であることを知ると、自分自身のかつての罪悪を思い出し、それを恐怖するようになるのです。その感情は、猫の首の模様が絞首台の形に見えたことで憎しみへと変わり、ついには黒猫をかばった妻を殺してしまうのでした。

彼は妻を、半乾きのしっくいの壁に塗り込めひた隠しにしていましたが、警官が自宅を訪れた際に聞こえた金切り声によって、その凶行が明るみに出ることになったのです。彼はいま、獄中で述懐します。黒猫の奸策(かんさく)が私をおびきこんで人殺しをさせ、そのたてた声が私を絞刑吏に引渡したのだ、と。

◆◆◆

評論へのコメントを始める前におことわりしておきたいのですが、この文学作品の筆者であるエドガー・アラン・ポーという作家は、わたしたちが私淑し学んでいる三浦つとむという科学者が、その論理性を認めて再三引用している人物です。

直接作品に向きあってみても、そこからは、この筆者、なるほどたしかに理性の人、という緻密な構成が見て取れることから、文学作品をもその論理性を読み取ろうとするわたしたちにとっては、「避けては通れない作家」であるのです。

今回の作品は、表面上は探偵モノではないだけに、真犯人が明らかになるという直接的な記述はありませんが、それでもわたしたちに、この謎を解明してみせよ、と告げているかのような箇所が出てきます。

この作品の書き出しの一節には、以下のようにあります。
(私がこれから書こうとしていることはきわめて奇怪なもののように映るであろうが、)誰か私などよりももっと冷静な、もっと論理的な、もっとずっと興奮しやすくない知性人が、私が畏怖(いふ)をもって述べる事がらのなかに、ごく自然な原因結果の普通の連続以上のものを認めないようになるであろう。
ここでは、この物語の主人公は、自分自身の凶行が、単に狂人の発作的な、非連続的で非合理的なものであるというのではなくて、そこに何らかの理由があり、原因があり、そしてそれらを合理的な連続性として見出すようになるであろう、と述べているわけです。
この箇所は、その凶行の結果、絞首刑になろうとしている主人公が、冷静に過去の自分の暴力を振り返って述懐しているので、理性的な傾向が強いものとなっています。

しかし同時にこの箇所は、作家自身が主人公の口で、この物語の読み方というものを示しているとも受け止められますから、わたしたちもそのとおりに、この作品を、単に恐ろしい物語、単なるホラー小説としてだけ受け止めるのではなく、あくまでもそこに、理性の光を照らしながら解いてゆかねばなりません。

◆◆◆

さてその問題意識は論者も共有するところであり、彼は「何故主人公はあれ程までに猫を殺した事を後悔していたにも拘わらず、それ以上の失敗をしなければならなかったのか」と問いかけ、その問題を解く鍵を、主人公の感情の揺れ動きに見出そうとしています。
そうして論者は、「後悔」が「怒り」へと転化し、その結果の凶行がさらなる「後悔」の念として主人公の脳裏に刻み込まれていったことにより、最悪の結果を招いたのだ、という過程的な構造を、その転化に力点を置きながら論じています。

特にその傾向は、人間というものは一般的に言って、過去の失敗をいくら「後悔」してはいても、第三者から何度も何度も指摘されることになると「怒り」にも転化するように、この物語の主人公も片眼の猫を見るたびに良心の呵責に苛まれたために、最終的にはその悩みの元を断とうとしたのである、という論証部に顕れています。

ただこの類推は、精確に言えば注意を要します。
というのも、過去の失敗を詰られて湧くところの怒り、というのは、第三者からの再三の指摘に対して向けられたものなのであって、過去の失敗そのものに対してではない、からです。

それに対して、この物語の場合で描かれているのはこういうことです。
私は、前にあんなに自分を慕っていた動物がこんなに明らかに自分を嫌うようになったことを、初めは悲しく思うくらいに、昔の心が残っていた。しかしこの感情もやがて癇癪に変っていった。
他でもなく自分が眼をえぐった黒猫を見るたびに沸き起こる自責の念が、やがては自らをあまりに苛むようになっていったために、自分自身で受け止められなくなり、それは癇癪に変わっていき、最終的には悩みの種である黒猫の存在そのものを消そうとした、ということが書かれています。

整理して言えば、前者における筆者の類推は、過去の体験像そのものは第三者からの指摘を受けてもさほどの変化がないのに対して、後者の物語中の転化の構造は、主人公の持つ黒猫像そのものの転化である、ということになるわけです。
これらは、その構造面からいえば、残念ながら、まったく一致するとは言えないものになっています。

◆◆◆

さて類推の成否はいちおう棚上げするとしても、論者は評論全体を通して、主人公の内面における後悔から怒りへの転化、またそれに類する感情の転化を中心に論じており、感情の転化を扱おうという姿勢と、弁証法を使って過程的な構造をたぐろうとする努力が見られることは一定の評価に値するものです。
しかしそれだけでは、この物語の理解は片手落ちになってしまうのです。

その理由はなにか?と尋ねられれば、わたしが答えずとも、上記した引用部の続きが語ってくれています。
長文になりますが、物語の本質を理解するためには避けて通ることができないゆえに、問題となる箇所をすべて引用しておきましょう。
それから、まるで私を最後の取りかえしのつかない破滅に陥らせるためのように、[天邪鬼]の心持がやってきた。この心持を哲学は少しも認めてはいない。けれども、私は、自分の魂が生きているということと同じくらいに、天邪鬼が人間の心の原始的な衝動の一つ――人の性格に命令する、分つことのできない本源的な性能もしくは感情の一つ――であるということを確信している。してはいけないという、ただそれだけの理由で、自分が邪悪な、あるいは愚かな行為をしていることに、人はどんなにかしばしば気づいたことであろう。人は、掟を、単にそれが[掟]であると知っているだけのために、その最善の判断に逆らってまでも、その掟を破ろうとする永続的な性向を、持っていはしないだろうか? この天邪鬼の心持がいま言ったように、私の最後の破滅を来たしたのであった。なんの罪もない動物に対して自分の加えた傷害をなおもつづけさせ、とうとう仕遂げさせるように私をせっついたのは、魂の[自らを苦しめようとする]――それ自身の本性に暴虐を加えようとする――悪のためにのみ悪をしようとする、この不可解な切望であったのだ。ある朝、冷然と、私は猫の首に輪索(わなわ)をはめて、一本の木の枝につるした。――眼から涙を流しながら、心に痛切な悔恨を感じながら、つるした。――その猫が私を慕っていたということを知っていれば[こそ]、猫が私を怒らせるようなことはなに一つしなかったということを感じていれば[こそ]、つるしたのだ。――そうすれば自分は罪を犯すのだ、――自分の不滅の魂をいとも慈悲ぶかく、いとも畏るべき神の無限の慈悲の及ばない彼方へ置く――もしそういうことがありうるなら――ほどにも危うくするような極悪罪を犯すのだ、ということを知っていれば[こそ]、つるしたのだった。
(引用者註:文中太字は[ ]に置き換えた)
彼によれば、彼自身を最後の破滅に導いたものは、「天邪鬼の心持」、であるというのです。
最後の破滅に導いた、と言うからには、この物語を理解するためには、ここを避けては通れない、と受け止めるべきでしょう。

この人間の心に巣くうその原始的な衝動は、人間の一般的な感情のあり方とその行動が、「すべきであるからする」、「したいからする」という繋がり方を持っていることに反して、「してはいけないからする」ことを要求するのだ、というのです。

この「天邪鬼の心持」なるものを持ったればこそ、彼においては、「猫が自分を慕っていたからつるした」、「猫が自分を怒らせるようなことをしなかったからつるした」、「自分の魂を神の無限の慈悲さえ届かなくするためつるした」、と、一般にはまったくの逆説ともとれることが言える、というわけです。

◆◆◆

この物語の主人公は、表向きでは、飼い猫の眼をえぐり首を吊り、最後には妻を手に掛けるという凶行をしていながら、その時々では極めて冷静に、自分自身の行いを理性的に見ることができていることが、ここから読み取れます。

眼の前で凶行をふるう自分と、それをあたかも背後から冷静に客観視し、後には理性的に分析するという、いわば引き裂かれた(ように思われている)内面を持つ主人公であったればこそ、事に及ぶ際にも「眼から涙を流しながら、心に痛切な悔恨を感じながら、つるした。」といった状態とならざるをえなかったことがわかります。

彼が、天邪鬼の心持というものを哲学は少しも認めてはいない、と言うのは、大まかに言って、哲学者や心理学者などといった学者は、「すべきであるからする」といった合理的な行動の原理はそれなりに解き明かすことができても、実際の人間には「すべきでないからする」といった非合理的な側面も含まれているということを認めたがらない、と言っているわけです。

筆者であるポーは、人間存在についての本質を作家としての感受性でつかまえた上で、主人公の口にこう述べさせているので、たとえこの物語が現実には実在しないものであるとはいえ、それでもこの作品が読者に少なからぬ恐怖をもたらして、なおかつそうして世に残っていることを考えれば、この物語で描かれている人間の感情のあり方も、ひとつの合理性を持ったものとして正面に据え検討しなければなりません。

ここを「所詮フィクションだから」と言って、人間感情は永久に不可解であるということを前提として認めてしまったり、その問題を問題として認めずに逃げてしまっては、人間の認識が持っている構造は、永遠に闇に閉ざされたままとなってしまいます。

ひとつの文学作品がフィクションという体裁をとっている限り、その世界は事実のそのままの忠実なかたちをとってはいませんが、それでも、現実的であるのでなければ、ひとつの作品足りえるはずがないのです。
フィクションの世界でも、人間は大気を吸い込み食事をし、他人と関わりながら生活を送るなかで時には恋をし裏切られ友情を育み感情を揺さぶられる存在なのであって、その他の自然・社会・精神のありかたも、作者の認識にすくい上げられた法則性がその世界に持ち込まれているからこそ、現実的なものとなり、実際に現実を生きながらそれを読むわたしたちの糧となるものなのです。

ですからここでの問題は、現在の認識論は、この問題を解きえないのだろうか?ということになります。

◆◆◆

そういう姿勢でこの問題を解くにあたって、まず一つ目の落とし穴は、「人間存在の行動原理において、「すべきでないからする」という非合理はあり得るであろうか?」といったふうに考えてしまうことです。

この考え方のなにがいけないかといえば、すでにここまで抽象化してしまった概念を、いくらこねくり回したとしても、結局のところ「非合理」という概念とアタマのなかだけで格闘してしまうことに始終し、いくら考えても形而上学的な結論しか出てこないから、なのです。

アタマのなかで創り上げた図式を現実に当てはめて、お前の抱いている感情は理屈に合わないから異常である、などと分類して病名をつけるのが心理学や認識論の仕事であると言いたいのならもはや止めはしませんが、自分自身の人格にかけて人間の認識を科学的に見てゆこうとするのなら、どんなに難しくても、どんなに原因が究明できずに苦しくても、あくまで、眼の前の現実にそのままのかたちで向きあって、そこから論理を引き出す、ということでなければなりません。

◆◆◆

そう断った上で、この問題を考えてゆく前に、まずわたしたち人間の認識が持っている一般的な性質を押さえておきましょう。
一般的な性質といっても、この理解が土台となって続く理解を下支えするのですから、「当たり前すぎてつまらない」などと言って軽視しないようにお願いしておきます。

さて、わたしたちがたとえば澄み切った海を見たときのことを考えてみてください。
ある人は、こんなところで泳げたらさぞかし気持ちがいいだろうなあ、と思うのに対し、昔溺れた経験のある別の人は、足を踏み外したら死んでしまう!という恐怖の念を呼び起こしながらそれを見るでしょう。

ほかにも、同じ犬を見るときにでも、愛犬家が見るそれと、昔犬に噛まれたことのある人間が見るそれとでは、その認識が描き出す像に、質的な大きな開きが出てきます。

ここから読み取らねばならないひとつの論理は、わたしたちがアタマの中に描き出す像というものは、それがいわゆる五つの感覚器官を通して、ひとつの像として合成されることを繰り返して発展させられてゆくという性質を持っている以上、そこには感情というものが少なからぬ影響を与えているということです。(ここでは、感情の生成・発展についてはひとまず棚上げしておくことにしましょう)

昔犬に噛まれた経験のある人が、犬を見るたびに「ああ怖い」、「噛まれたらどうしよう」、「狂犬病の致死率は100%だと聞いたしなおのこと恐ろしい」などなど、「怖い!」という感情をそこに感じ続けながら像を繰り返し繰り返し受け止め発展させてゆくとなったときには、彼女や彼にとっての「犬」の像は、不快なイメージを多分に伴ったものとして出来上がってゆきます。

このことは、さして実害のないはずの昆虫に異常な拒否反応を示す人たちの存在や、食わず嫌いというもの、また四六時中手を洗っていなければ気が済まない、といった潔癖症などといった実例からもわかってもらえることだと思います。(ちなみにいえば、こういう感触を「生理的に嫌い」という事実は、精神的なあり方が生理面にも浸透していることを暗に陽に把握してのものです)

ですから、この物語の主人公という人は、かつては愛していたはずの黒猫「プルートォ」に、酒の勢いで片眼をえぐるという凶行に及んだあと冷静になり、その猫を見るたびに、そこに恐怖、悔恨、悲しさといった感情を重ねて「プルートォ」像を創りあげていった、というわけです。

◆◆◆

本文での描写を見てみましょう。
 朝になって理性が戻ってきたとき――一晩眠って前夜の乱行の毒気が消えてしまったとき――自分の犯した罪にたいしてなかば恐怖の、なかば悔恨の情を感じた。が、それもせいぜい弱い曖昧な感情で、心まで動かされはしなかった。私はふたたび無節制になって、間もなくその行為のすべての記憶を酒にまぎらしてしまった。
この「プルートォ」像がマイナスイメージを持ったものとして固定化されることが自覚されるようになるとともに、彼は再び、その像と正面から向き合うことから逃げるようにして、さらに酒をあおることになってゆきました。

この感情の転化の過程に着目すると、彼は、人間としての真っ当なあり方を知らないわけではなく、むしろ酒が抜けて冷静になった時には、かつての愛情深かった自分や、その自分に懐いていたプルートォの姿をありありと思い浮かべることができるからこそ、その葛藤に悩まされていたことがわかります。

言い換えれば、ここでの彼の中には、人間として、飼い主として「するべきこと」は、なんらかのかたちで自覚されている、というわけです。

しかし行動をみれば、彼は「するべきこと」ではなく、実際には「するべきでないこと」を「やって」しまったのであり、こここそが問題の焦点となっているのでした。

このような、「するべきこと」と「するべきでないこと」の相克がひとつの精神の中に現れているとき、その構造はどのようになっているのでしょうか。それを、考えてゆかねばならなくなります。

◆◆◆

この問題を考える時、わたしたち人間が、今のままの状態を続ければ、「このままでは自分がだめになってしまうだろう」という見通しが立つ場合のことを考えてみてください。

たとえば、期限が迫る資格試験を前にして友人と遊んでばかりいて不合格が確実になりそうなときや、1日に一箱もの煙草を吸っておりこのままでは健康を害する危険性が高まりすぎている場合がそれに当たります。

こういう場合、わたしたちのアタマの中には、それまでの習慣が転化したところの実感としての「やめたくない」という思いがあることに対して、内面からの「しかしどこかで生活の過ごし方を変えなければ…」という思いもが存在することになります。
これらをそれぞれ認識論では、<自由意志>と<対象化された観念>と呼びます。

ここで特に注意を要するのは後者でしょう。
この<対象化された観念>というのは、自分を客観視してみたときに、「このままではいけない」と思われる場合には、自分が自分自身の力で、惰性的な運動を続けようとする自由意志に反して、それとは別個のものとして創りあげる場合もありますし、主治医の、「このままでは肺癌のリスクが相当に高くなりますよ」というアドバイスが、自分のものとして受け止められることによって創られる場合もあるということを指します。
ここでは一つの固定化された観念として、自由意志に「〜すべきである」や「〜するべきではない」といったかたちで働きかけることから、観念の対象化されたもの、つまり<対象化された観念>と呼ばれているわけです。

これらの場合には、自由意志と対象化された観念は、あくまでもひとつの頭脳を実体とする精神の働きの中に、敵対的な関係として両立することになりますから、この対立は、どちらかがどちらかによって消滅させられるまで続くことになるのです。

資格試験に合格したいという目的意識が強ければ、対象化された観念が自由意志へと浸透しそれを作り替え、最終的には友人との付き合いを試験日以降にまで先延ばしするという行動を導くことになりますし、健康でいたいという目的意識が強ければ、異常化した生理面を整えるのが困難な場合には治療が必要であるとはいえ、やはり構造としては同じような過程をたどります。

この過程を結論からいきなり見てしまうと、「やりたくない」という意志と「やった」という行動が直接的に地続きに繋がっているように見えるために、あたかも「やりたくないからやった」という非合理的な因果関係が現象しているように見えるのです。

ですからそこに、まるで悪魔が地の底からはい出てきて乗り移った、などといった解釈の余地が入り込んできてしまうのですが、このことは作中の表現からも読み取れるところです。

実はこれが、今回の問題で扱った、非合理的な精神現象、「天邪鬼の心持」というものの正体なのです。

◆◆◆

この過程を正しく整理すると、遊びたい、煙草を吸いたい、つまり「やりたい」という自由意志は、ひとつの目的意識を契機として、「〜するべきである」や「〜べきでない」といった対象化された観念を一時的に創り上げ、その対象化された観念との矛盾が、双方のうちどちらかが消滅したり中和することによって解消されることによって、最終的な行動に繋がってゆく、ということになります。

この、内面における葛藤というものが持つ過程において注目しなければならないのは、自由意志がいきなり行動に移されるのではなく、(どの程度浸透するのかということはさておき)対象化された観念が媒介として働いている、ということです。

作中で触れられている「天邪鬼」という精神現象も、この自由意志と対象化された観念という、精神における二重構造をその浸透過程から見てゆくことができれば、「「してはいけない」ということが他方ではわかっていつつも自由意志がその浸透を阻むほどに異常化している」ことによる現象だと理解できるのです。

この物語の主人公は、行動としては凶行を働いておきながら、もう他方ではそれを、あるべき人間観に照らして涙を流しながら行ったり、また客観視してその原理を観察したり分析したりといったふるまいを見せることから、読者にとってはさらなる不気味さを喚起しているという効果を生んでいますが、実のところこの二面性は、質的に異常化した自由意志のほうが対象化された観念の浸透を拒み続けている、という精神のあり方がそのように現象しているものなのだ、ということになります。
(自由意志の異常化が何なのか、については、作中での主人公がどういう生活を送っていたかでわかってもらえると思います)

◆◆◆

この作品の筆者であるポーは、主人公に「私は事実のつながりを詳しく述べているのであって、――一つの鐶(かん)でも不完全にしておきたくない」と言わせ、彼の異常な行動と理性という二面的な性格を浮き彫りにさせていますが、ここで働いている理性というのは、他でもなく著者自身のものであるようにも読み取れます。

筆者は、他の作品でも「天邪鬼」という精神作用についての論考を盛り込んだ作品を書いており、そのさまは、人間の精神を探究する過程で得た知見を、個々の小説というかたちを借りて披露しているようにさえ思えるほどです。
(事実、そのものズバリの『天邪鬼』と題された作品では、精神についての論考が作品の文量の半分以上を占めるまでになっています。岩波文庫『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』に所収)

この理性の人にあっては、やはり個々の作品は、異常・正常のどちらを扱うにせよ、精神についての探究を下敷きにして描かれているために、それなりの認識論の能力がなければ、表面的な見方にとどまってしまうものです。

先にも引用した通り、筆者が、主人公の口を使って言わしめた「誰か私などよりももっと冷静な、もっと論理的な、もっとずっと興奮しやすくない知性人が、私が畏怖(いふ)をもって述べる事がらのなかに、ごく自然な原因結果の普通の連続以上のものを認めないようになるであろう。」ということばは、まるで、「できることならこの謎を解いてみてほしい」と言っているかのように聞こえます。

この小説にも、筆者が、その感受性でつかまえた「天邪鬼」という精神現象の不思議が、ある程度までの探究とともに記されてはいますが、それでも、それはとても「ごく自然な原因結果の普通の連続」とはとても思えない、という実感があったように、筆者自身にとっても解ききれない謎として残った、ということだったのでしょう。

筆者の理解がそのような段階でとどまっていればこそ、この物語で描かれている心理描写を本質的に理解しようとする時には、作中の説明をそのまま横滑りしてしまっても、解きえない問題が残ったままになってしまうのです。

ですからその、経験的にはいかにもありそうでありながら、しかし論理的には説明のできない現象、つまり「天邪鬼の心持」を、現代の認識論の段階で読み解いた上で、筆者の言わんとしたが明確には把握しきれなかったところまでを、一般性として明確に提示することこそ、筆者の達成した文化をまともに受け継ぐことであると言えるでしょう。

◆◆◆

この先は、なかなかに難しいとは思いますが、それでも論者に考えてもらいたいために、一般性まで論じることは現時点ではやめておきます。

ただヒントとしては、以上で見てきた「天邪鬼の心持」が何であるか、ということの理解と、「黒猫」がそこにどう関わってくるのか、という問題は避けて通れない、ということは述べておきたいと思います。
先ほど上げておいた長文の引用部分以降は、実はホラー小説の体裁を保つために必要であった部分、という位置づけでしかありません。

そもそもを言えば、アメリカのホラー小説、ホラー映画をみれば了解される通り、そこでの精神現象の描かれ方、特に精神異常の描かれ方というものはまったく過程的でなく、一言でいえば突発的な、「悪魔が乗り移る」といったものがほとんどです。

これは、宗教的な影響や、アメリカの持つ学界的な風潮、特に心理学会の持つそれが客観主義一辺倒であることと、個別研究を重視しすぎるあまりに構造的な把握の段階にまで進んで行かないことなどで醸成されている世界観なのです。

例えばスティーブン・キング原作、スタンリー・キューブリック監督の映画『シャイニング』はごく普通の夫が殺人鬼に豹変し妻子を襲うといった映画ですが、最期まで観ても、「なぜ豹変したのか?」は結局まったく描かれないままです。
視聴者の中にはこういう作品を見て、「なぜだかわからないが怖かった」と満足できる人もいるようですが、一部の人は、「怖いのは怖いが、あの人はなぜああなったの?」と、その根本的な理由を知りたがるはずです。

そこを、アメリカのほとんどの作家や演出家は、「悪魔が乗り移ったから」として済ませてしまうわけですが、文化的な背景の違うわたしたちは、その説明では到底納得がゆきません。

しかしこの著者であるポーはさすがで、そこを彼なりの「天邪鬼の心持」の理解を土台としながら、ホラー小説として表現する、というやり方をとりました。
彼がこの作品をホラー小説たるために工夫した表現には、以下のようなものがあります。
(括弧内は原文。参照:“The Works of Edgar Allen Poe, Volume 2”内、“The Black Cat”。iPadのiBooksアプリでも無料で読めます。)

・プルートォ(Pluto; 冥界の神)
・魔女(black cats as witches)
・酒癖という悪鬼(the instrumentality of the Fiend Intemperance)
・悪魔のような憤怒(The fury of a demon)
・悪鬼以上の憎悪(a more than fiendish malevolence)
・天邪鬼の心持(the spirit of PERVERSENESS)
・この妖怪(this apparition)

ところが、国民的な風土に合わせたこの工夫の中にはどうしても、「悪魔憑き」的な発想が出てきてしまうために、その表現に引きずられて、彼の「天邪鬼の心持」についての理解は、自分自身の魂があたかも他所から来た邪悪な魂に取って代わられたかのような、現象論的な制限を受けざるをえないことになってしまったのです。

ちなみにいえば、「天邪鬼」という訳語だけを見ると、わたしたちは日本語で、「ひねくれた」といった意味のことばとして受け止めることになります。
しかし原文を見ると、これは“PERVERSENESS”であり、これが“per(完全に)+verse(回す)”という成り立ちをしていることからもわかるとおり、「逆さにひっくり返した」、という意味で使われていることもわかるのです。
(英語はじめ外国語が苦手な人は、まずは語幹に“verse”を持つ単語を逆引きで調べてみてください。外国語の単語も、実は漢字の熟語と同じような仕組みを持っていますので、接頭語と語幹の意味を押さえれば、知らない単語にぶつかっても意味を類推できるのです。)

この作品を日本語に翻訳した訳者は、全文をしっかりとしらべて“PERVERSENESS”を「天邪鬼」と訳したので、これは実にぴったりの訳語であると言ってよいのですが、しかし先ほどその構造に立ち入って調べてきたように、実はこの言葉は、「すべきだからする」のではなしに「すべきでないからする」という非合理的な行動原理を一言に要したものである、ということは、物語の本質的な把握のためにもしっかりとふまえておきたいものです。


※正誤
・虐待の習慣は抜けきっっておらず、
・そもそも彼は酒乱の為に、猫自身に虐待するように→猫自身を虐待するように
・リアリティがあるけど、→リアリティがあるけれども、(「けど」は口語表現)

2012/10/19

どうでもいい雑記:「iPhone 5ってどうだったの?」

ちょっと前から聞かれていたんですが、


研究やらケース作りのほうに関心が削がれていたのでほったらかしになっていました。

どんな機械のメカニズムよりも、森羅万象の構造のほうがはるかに面白いですしね。
先日の記事での問いかけをもう少し考えてもらいたいこともあって、こちらのお題を先に片付けてしまうことにします。

で、どうなのか?

結論から言うと、これに尽きます。
「マップが最低。」

なにが悪いのかといえば、iPhone 5に搭載されているオペレーティングシステムのiOS 6にくっついてくるマップのアプリケーションがどうにも使い物にならない、ということです。

しかしそれまではiPhoneのマップといえば、「就活生には必須」と呼ばれているほどの信頼性がありました。
たとえばキャンセル待ち狙いで説明会の会場に駆け込みたい、という学生が2名いたとき、iPhoneを持っているか従来型の携帯電話(いわゆるガラケー)を使っているかで、席をとれるかどうかが決まる、というくらいのものです。

最寄り駅に着いたら、住所か会場の名前を入れてポン、で、現在地からの経路が地図上に表示されるのですから、迷わないはずがありません。
それにたいしてガラケーでは、アプリケーションを立ち上げるのにモタモタ、表示速度がモタモタ、現在地を特定するのにモタモタ、ちょっと先を見ようとすると利用料を払え…とくるのですから、はっきりいって、売店のおばちゃんに道を聞くほうがよっぽどわかりやすくて早い、というところです。

◆◆◆

ここが普通のPCなら、新マップだめじゃん、旧マップのほうがいいや、となったら、入れ替えればよいだけの話なのですが、iPhoneという端末は、Appleの方針でユーザーが好きにいじれるところがあまりないのです。

ただこれまでは、このクローズドな方針のお陰で、ひととおりのサービスが使い勝手良く提示されているので、一般ユーザー、とくに機械オンチぎみの人全般、おじいちゃんやおばあちゃんにまで、唯一無二の端末として歓迎されていたのでした。
ところが今回は、そのいわばお仕着せの環境のうち、一、二を争うほどに重要なはずのマップアプリケーションが、Apple製のダメなマップに変わってしまったからさあ大変、ということなのです。

これには少し経緯があり、数年前には蜜月関係にあったAppleとGoogleという会社は、GoogleがΑndroid OSを買収して、iPhoneに対抗する端末を作り始めたところから一気に関係が悪化し、AppleがAndroidを搭載したスマートフォンを販売するメーカーを訴えるという代理戦争にまでなっていたのでした。

そこで、というわけで、Appleは自社の製品から、なんとしてもGoogleのサービスを締め出そうとしたために、Googleの情報を利用していたマップ、加えてYoutubeのアプリケーションを削除し、前者についてはApple自身が新規で作成するということになったのです。

こんな政治的ないざこざにユーザーを巻き込むとは、子供じゃあるまいし…と思うのですが、そこをやってしまうのが良かれ悪しかれAppleの流儀。
ただそういう体質は、古いしがらみを断ち切って新しい流れをつくり出すぶんにはよく、Appleがいなければまるで普及していなかったであろう考え方も多いものです。
たとえば小型フロッピーディスク、CD、USBあたりの規格をはじめ、設計思想や広告など多岐に渡ります。

◆◆◆

そのドラスティックでリスキーな方針を知る昔からのAppleユーザーは、今回の騒動も「またか」と受け止めて事の成り行きを見守る、という温和な人たちが多いようです。

しかし、主力商品のMacがシェアわずか5%以下といった普及率だった頃は、ベテランユーザーが自己解決したり、コミュニティを作って初心者をサポートできたのでよかったのですが、現在のiPhoneをはじめとしたiOS機器は、世界で1億台以上が普及している端末なだけに、今回の件は、あまりにも自分の立ち位置を自覚していなさすぎる、と言わざるを得ません。

事態の収拾のために、CEOがマップアプリの不出来を謝罪し他社アプリを使うよう促す声明を出す始末ですが、はっきりいって、ユーザーが望んでいるのはそんなことじゃありません。

「前のマップ返して」、これ。

ただ根こそぎダメかというと、技術的には先進的な部分も多いのですが、なにしろ実際に使うユーザーの立場からすると、情報量が少なすぎます。

たとえば、旧マップ(iOS 5に搭載。Google製のマップ情報を利用)と、新マップ(iOS 6に搭載。Apple製)で、それぞれ同じ駅名を調べてみましょう。

すると、こうなります。



ね、誰がどう見てもダメでしょ。

右側は寄り過ぎだからでは…?と思われるかもしれませんが、視点を引くとほとんど何も表示されなくなるので、ここまで寄らざるを得なかったのです。
ちなみに、新マップは海上(海中?)にも駅があるようですね…。

これが地方都市だけじゃなく都心部でも多かれ少なかれこんなふうなのですが、地図というのはそもそも、環境が変わり続ける以上信頼度が100%になることは不可能だとしても、最低でも10個調べたら1つ間違っていた、くらいの信頼は置けなければ、かえって無駄足になってしまうものです。

そういう観点からすると、今回の新マップは「かえって無いほうがマシ」と言っても良いレベルです。
実際に、この前自転車ツアーに参加したとき、新マップでコンビニがちゃんと正しい位置に表示された時は、周囲から「おおー!」という歓声が上がるほどでした。
いったいどれだけ信用されていないのかがおわかりになるでしょう。

◆◆◆

今回のマップがダメなのは、一般に言われているような、Appleが提携している日本の地図会社が仕事をしていないとか、マップのフォーマットがダメだとかではなく、純粋にエンジニアリングレベルの問題、つまりAppleの情報の扱い方にそもそもの問題がある、ということのようです。
(参照:iOS6地図は元データや文化の差異ではなく、ずさんなエンジニアリングが原因 - 横浜スローライフ -- My slow life in Yokohama)

まあそんな理由は、いくら論じようが一般のユーザーには関係がありません。
使ってダメなものはダメ、出てきたものがすべて、ですから、Appleが意地を張り続ける以上、わたしたちが賢く回らねばなりません。

わたしなんかはさっさとiPhone 5を脱獄(気になる人は検索してみましょう)してしまって、旧マップを入れなおしたいところなのですが、未だ安定的な方法が確立されていないようなので、世にあるマップをほとんどすべて試してみました。

上記の謝罪の際に、Appleもいくつかマップアプリを薦めているのですが、どれも一長一短なので、結局、「やっぱり旧マップ返して」と言いたくなります。
そういうわけで、旧マップにいちばん近いものはどれか、という観点から調べると、これがいちばん良いアプリだということになりました。

Maps+

ダウンロードするだけなら無料なので、誰でも試せます。
一定以上の機能を解除するにはアプリ内課金で利用料を払う必要がありますが、数百円なので買う価値はあると思います。

このアプリでさっきの場所を表示するとどうなるか。


旧マップが帰ってきた!

という印象ではないでしょうか。

実際に使い込んでみると、国内の周辺施設の検索ができない(たとえば、「現在地の近くのマクドナルドを検索したい」など)、という問題があるのですが、こればっかりはどうにもならないので、GoogleのマップをSafariなどのウェブブラウザから呼び出して調べるほかありません。
(この方法を使うととても便利です。
参照:iOS6でGoogleMapsをフルスクリーン表示にしてみました - W&R : Jazzと読書の日々)

ただこの場合も、住所さえわかっているのなら問題にはなりませんから、目的地がはっきりしている場合には前もってアドレス帳にメモしておけば出先での手間を省けます。

また、旧マップにはなかった機能として、「GPSロガー(トラッキング)」というものがあり、これを起動していると、ウロウロした行程を地図上の線として記録しておいてくれます。(メニューの"Track"を選ぶ)

旅が好きな人はきっと気に入りますが、長距離のトラッキングにはアプリ内課金で制限解除をする必要があることも付け加えておきます(ちなみに買い切りなので、一度買ったらそれ以上、月額料金などの利用料を払う必要はありません。iPhoneで課金すれば同じアカウントのiPadでも制限解除されます)。

◆◆◆

ああそういえば、マップの問題があまりに大きすぎて言及できませんでしたが、iPhone 5のデザインは、iPhone 4、4Sの系列と並べて考えれば、とても合理的に、必然性をもって行き着いたものであることがわかります。

簡単に言えば、「それまで複数の機能をもたせていた複数の実体を統一する」ということで、Appleのデザインはやはり、簡単であっても(ただし実践するのは難しいのですが)弁証法的な性格を持っているなあと思わされます。

デザインする、という感性一辺倒に見える行動も、見る人間からすれば、論理性をもって見えてくる、ということでもあります。

2012/10/18

文学考察: 登つていつた少年ー新美南吉


連載の途中ですが、


答えをすぐに言ってしまっては考えてもらえませんので、少し間をあけさせてください。
指導の際にむずかしいのは、答えを「あえて」言わないこと、そのことを通して指導する当人に実際に考えてもらうこと、でもあります。

もっとも、昨日の記事で、答えはほとんど言ってしまったようなもの、なのですけども。


◆文学作品◆
新美南吉 登つていつた少年

◆ノブくんの評論◆
文学考察: 登つていつた少年ー新美南吉
 一年に一回の学芸会が近づいてきた頃、ある小さい村の学校の先生は、そこで行う予定の対話劇の主役を誰にするかで悩んでいました。一方の子供達の間では、頭の中で2つの名前を思い浮かべでいました。一人は貧しい家の生まれでありながら才能と自信に溢れている杏平、そしてもう一人は、裕福な家庭に育ち先生からの信頼を得ていた全次郎。
 ですが杏平本人は自分が主役に選ばれる事を強く信じており、決して自分からは立候補しません。果たして彼の自信とはどこからきているのでしょうか。
 この作品では、〈他者よりも秀でた実力を持つが故に、他者よりも強い自信を持つことができた、また他者よりも強い自信も持つが故に、他者よりも秀でた実力を持つことができた、ある少年〉が描かれています。
 この作品は、学芸会の主役を先生が選考しており、それを杏平が自信をもって沈黙している場面と、子供達と木のぼりをして杏平が他者よりも高い場所まで登っていく場面の2つで構成されています。そして前者では彼の強い自信から沈黙を守っている事から、彼の自信の面が強くその場面にあらわれていることが理解でき、後者では実際に他の子供達よりも高い位置に登り、自身の実力を見せつけている事から、彼の実力があらわれていることが理解できます。
 こうして整理してみると、この2つの場面はそれぞれ独立しており、彼の大きな2つの性質を描いているに過ぎないと考えてしまうかもしれません。ですが、下記に注目してくだい。下記はそれぞれ、沈黙を守りきった後と木のぼりをしている最中の一文を抜粋しています。
校門を出てからも杏平の自信はくづれなかつた。杏平には自分の期待が裏切られるやうな経験はかつて殆どなかつたので、さういふことを想像することが不可能だつた。
杏平は恐怖を感じなかつたわけではない。しかし杏平の中にある不思議な力がどんどん彼をひきあげてゆくのである。
 はじめに第一文は、杏平はこれまでの事を想起して、改めて自分の実力を確認して今度も主役に選ばれるであろうという自信をつけています。ここから彼ははじめの場面において、自身の実力が彼の自信を裏付けているということが言えるのです。
 そして第2文では、杏平は地面から離れていくことに恐怖を感じながらも、何らかの力(自信)が彼を支えて他の子供達との実力の差を見せつける事に成功出来たと言えるのでしょう。
 ここまで話を進めると2つの場面の見方も変わってくる事でしょう。この2つの場面はそれぞれで杏平の自信と実力を積極面として描きながらも、その裏ではそれぞれがそれぞれを支えています。2つの性質は独立してそれぞれ存在しているのではなく、それぞれが支えあっているからこそ、杏平の性質として成立しているのです。

◆わたしのコメント◆

一年に一回の学芸会の季節を前に、ある学級の少年少女たちは注意深く先生の一挙一動を見守るようになります。というのも、彼らや彼女らにとって、対話劇の配役が誰に決まるかというのは、何よりも大きな問題だったからです。その配役の候補として有力だったのは、女の子では才色兼備の「ツル」であるというのが衆目の一致するところでしたが、男の子のほうは先生次第、という状況でした。この物語の主人公である「杏平」その人は、その候補のうちの一人であったのです。

この物語の本質を考えるときに、論者はそれを、主人公である少年の主体にありとし、実力があるからこそ自信を持つことができ、自信によってその実力はさらに高まっていったのだ、とそれらの相互作用を論じています。

たしかに、もう一人の候補者である「全次郎」とは違って、杏平は家柄が良いわけではなく、先生からその意味で目をかけられているわけではありません。
そのため、杏平は「か細い肉体と鋭い感受性」とを、つまり身一つの素性を頼りに強い誇りを持ち続けるほかなかったのです。

そんな彼のこれまでの生い立ちを考えれば、論者の言うこともわからなくはありません。
しかしこの物語で論じるべきなのは、主人公の主体だけに限られるのでしょうか。
そのことを、少し掘り下げて見てゆくことにしましょう。

◆◆◆

先生が対話劇の配役の決定を明日へ先延ばしにすることを告げたその後、論者の指摘している通り杏平は、「自分の期待が裏切られるやうな経験はかつて殆どなかつた」のです。

しかしそれでも、彼はそわそわした風でその日の放課後を過ごしています。
梅の実を見つけた彼は、その実を食べたり種を割って中身を覗いてみたりと、特段なにをしたいというのでもないものの、身体を動かしていないとどうにも落ち着かない、といった様子を見せているのです。
その箇所を確認してみましょう。
 かくんと梅の実は二つに割れた。ふつくらふくれた小さい、柿のたねに似たもの、少年達が天神さまと称んでゐるものが出て来た。杏平はそれを手にとつて見た。泣きたいやうな快感が彼の四肢をかけめぐつた。杏平はツルの名を連呼した。彼はそれを小川の中に投げこんでおいて、狂暴な犬のやうに、力一ぱい走り出した。何かに体をぶつけたい衝動が彼の肉体をうづうづさせてゐた。 
 杏平はその日一日、何がなくほのぼのとしてゐた。心ゆくまで湯につかつたあとのやうに快い亢奮の余蘊(ようん。引用者註:漢字部は本文が文字化けしているので補った)が彼の心のすみずみまでゆきわたつてゐた。杏平は何がその原因なのか考へもしなかつたけれど。
ここで問題なのは、「何かに体をぶつけたい衝動」が沸き起こったかと思えば、「心ゆくまで湯につかつたあとのやうに快い亢奮の余蘊」に浸っていたりという、彼の情緒の不安定さというものがどこから来ているのか、というところにあるのです。

杏平にあっては、「何がその原因なのか考へもしなかつた」のですが、我々はそここそを正面に据えて、考えてみなければなりません。

◆◆◆

ここで手がかりになるのは、これまで自信に満ち溢れていた杏平の内面に、何らかの変化の兆しがある、ということです。

彼が先ほど、手持ち無沙汰に柿の種をもてあそんでいたところでも、それははっきりと描かれています。
 種子だけが口の中に残つた時、杏平は彼等少年の仲間でいひならはされてゐる梅の種子についての卑猥な言葉を思ひ出した。杏平はそれまでしばしば他の少年達と一しよにその言葉を口にし、しばしば梅の種子を石で割つた。しかし今その言葉を思ひ出した時、杏平は殆んど眩暈を感じた。口から手の上に吐き出して種子をしみじみ見た。その種子を割ると中から出て来るもの。杏平はそれを今までしばしば見てゐるに拘らず、烈しい好奇心にかられた。彼は手頃の石を拾つた。そして石橋の上に来た時、猫のやうに息をひそめて前後を見た。人はゐなかつた。
どうですか、なにか掴めたものがありましたか。
答え合わせをする前に、この引用箇所をじっくりと読んで考えてみてください。

たしかに彼は見かけの上では、いつもと同じことをしています。
しかしその内面の感じ方というものは、いつもと違っている、より正確に言えば、変わり始めている、ということがわかったのではないでしょうか。

この変化の兆しというものは、実はこの物語全体に登場する少年少女を貫いているあるひとつの、明確な傾向なのです。
ここまで言えば、もう答えを言ったも同然なのですが、答えそのものは論者をはじめ読者のみなさんに考えて欲しいところなので、以下の引用文をヒントとして書き置くに留めておくことにしましょう。
「学芸会には何をしようか」と先生は嬉しさに輝き始めた少年と少女達の顔を見下してくすぐつたさうに言つた。「対話劇か唱歌か。」
 少年達はたつた一つの意見しか持つてゐなかつた。対話劇である。少年達は唱歌などめめしいものだと考へてゐた。しかし少女達は容易に彼女らの意見をのべなかつた。先づ彼女らは教室の隅に一つの秘密をでも守るやうにかたまつて、そこでひそひそと囁きあつたり、友達の肩を叩いたり、「いやあ」と叫んだりした。それが先生にも少年達にも、彼女らが急に「女」になつたことを感じさせた。少年達は腹立たしかつたが、仕様のないものと思つた。

※正誤
・下記に注目してくだい。