2011/10/14

革細工と趣味の考え方 (3):自転車フロントバッグの問題

前回では、


いくつか条件を出して、自転車フロントバッグの固定方法を考えてもらったのでした。

その条件といえば、以下のとおりでしたね。

・がたつかないこと
・走っても外れないこと。
・ワイヤーと干渉しないこと。

◆◆◆

わたしははじめ、前回のように背面にベルトとおしを作って、

ベルト下側の盾の形をしたものがベルトとおしです。
ベルトでキャリアかハンドルの付け根の部分と固定しようと思っていました。


◆◆◆

ここでいうベルトというものは、ズボンを腰に固定しておくために巻いているあのベルトと同じ仕組みのものなのですが、あの形状だと仕組み上、どうしてもたるみが出てきてしまいます。

みなさんがベルトを巻くときに、バックルにベルトをとおして締め始めるときよりも、締めきったあとのほうがすこし楽になるでしょう。
あれは、バックルという金具で固定するときには、締め終わったあとに余裕ができるからです。

この仕組を採用したのでは、走行時に中身の重さに揺られてガタつきが出てしまいます。
使っているうちに革がたるんでしまうと、それはさらに大きくなってしまうでしょう。

実は背面ベルトの採用はこのバッグのオーナーとも同意がとれていたことでしたが、それでも、実際のキャリアとにらめっこして検討すればするほどに、この選択肢はどうしても最良のものとはなりえないということがはっきりしてきました。

◆◆◆

そういうわけで検討を重ねた結果、わたしは背面ベルトの発想を完全に棄て去ることにしました。
ここだけを表面的に見ると、選択肢が減ったぶん後退を示しているようにも思えるかもしれませんが、ものづくりにおいてこれは前進です。

生き物の身体の仕組みを見れば分かるとおり、同様の環境で進化してきた生き物は、その種別にかかわらず同じ形態を持っているでしょう。
クジラやイルカは魚のような手びれと尾びれを持っていますが、れっきとした哺乳類ですね。

彼らは陸地の形成とともに上陸した両生類が、水との相対的な独立をさらに進めるとともに胎生という仕組みを手に入れ、それと直接に哺乳類として成立したあと、ふたたび陸から水へと生活の場を戻していった生き物です。

陸での生活には陸での生活にふさわしい形態があり、水での生活にはそれにふさわしい形態があります。

ものづくりにとっても、これから創造しようとするモノというものは、その環境を抜きにしては論じ得ないものなのです。

わたしは前回、ものづくりの大原則は「現実から謙虚に学ぶ」ことだと言いました。
それは、現実の環境や文脈を深く観察すればするほど、それにふさわしい形態というものは「これ以外にない」という意味で絞りこまれてくるからです。

◆◆◆

さて、そうしてたどりついたのは、キャリアの底面だけで固定する方法でした。

ベルトによる背面固定に頼らず、底面だけで固定するにはどうすればよいか?

そういう問題意識をもって、わたしはこの自転車を、何週間にもわたって見続けました。


そうして見つけた答えがこれです。


この仕組みをどう使うかわかるでしょうか。

◆◆◆

取り付け手順はこうです。

1.  2本の足を縦に開いて、袋の部分をキャリアの前から入れる。
(このとき、足の下に縫いつけたガイドに沿ってスライドさせる)
2. ぐっと押し込むと、キャリアの先端が袋にすっぽりと収まる状態になる。

3. 足の部分を外側に開くと、キャリアのナナメの部分に挟まって、バッグが前に飛び出さなくなる。
◆◆◆

足に使った革は、オイルでなめされていないためにとても固く、いわばコシのある厚紙のようなものなので、このやり方が使えたのでした。

このやりかたで、出しておいた条件のうちにはじめの2つを満たすことができました。

・がたつかないこと
・走っても外れないこと。


底面をしっかりと固定できたことで、ハンドル部のベルトはもはや必須ではなく、いわば「急停車時の保険」のような副次的な位置づけのものになりました。

背面のキャリアやハンドルなどには、まるで触れていません。
同時にこのことによって、さいごの条件も達成できたことになります。

・ワイヤーと干渉しないこと。


以前のバッグに使っていた柔らかい革では、同じ方法は使えないということからわかるのは、今回の例も、自転車のキャリアのありかたと、革でできたバッグとの相互浸透のひとつのありかたであるということわかります。

こういう言い方をすると、良い道具というのは、相互浸透の度合いが深いことと同一であることがわかってきます。

そうすると、一般には人によって違う、などと相対化されてぼかされてしまう「道具の良し悪し」という評価の尺度も、論理の俎上に乗せて論じなければならないこともわかりますね。

◆◆◆

これまでは神秘主義に包まれていた「デザイン」や「ものづくり」ということが、論理の力によって光を当てうることが、少しずつわかってもらえてきたでしょうか。

みなさんがものづくりの実際に触れるときにも、解けそうにない問題にぶち当たったときにこそ、「現実から謙虚に学ぶ」という大原則を忘れないでください。

「原則から外れなければ、ある一つの用途にふさわしい形態は究極のところ一つしかない」
とまで言い切ってもよいほどです。

それはものづくりという創造過程だけではなく、すでにあるものを正しく批判しようとするときにも、必ず必要なものごとの見方です。

みなさんがある目的を念頭において道具を選ぶときに、「この道具は自分の目的を叶えるために最高の方法を提供してくれているか?」と批判的に検討することを重ねてください。

そうして、ひとつの仕事を成し遂げるときに、あらゆる選択肢を使い手に丸投げにしているような道具ではなくて、検討に検討を重ね、考えに考えたうえで明確な解答を提示してくれる道具を選ぶ目をつけてほしいと思います。


次回の記事では、今回できたバッグの写真を送ってもらったので載せておきます。


(4につづく)

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