2010/12/04

感受性というものの周辺 01:その困難

ある人と話していたら、ふとした拍子に、こんな話になった。


「ひとりで考え事をしていると、あるときに、元の立場と比べて、
おお〜けっこう考えられたな、と思えるようなところまで出てくることがあるでしょう。
でも、いやまてよと思って、もう一度考えを深めてみると、
結局元の立場と同じところに戻ってくることってありませんか。」

思い当たる節があったので、「そうですね、わたしも経験がありますよ。」
とお答えしたら破顔一笑。

「そうですか!ワタシだけヘンなのかと思ってました。」

どうやら、同じ話を他の人にしたときには、
よくて「ええ〜、まあ言われてみたらそうかな?」
といった反応しか返ってこなかったらしい。

無理もないことだろうと思う。

そのあと、0と1という概念のあいだの隔絶についてや、
幼少の頃に読んだ物語が自分の生き方を如何に支えてくれたか、
そしてまた、自分の運動を振り返ったときにあらわれる矛盾などについて、
時間を忘れて話すことになった。

せっかくの料理はすっかり冷めてしまったのだが、楽しい時間であった。

しかしそのどれもが、「考えたことのある人にしかわからない」といったもので、
この「分かってもらえなさ」は、さぞかし堪えただろうなと感じ入ったものである。

こういう、感受性のある人とそうでない人との差は、
持っていない者からすれば理解の埒外だが、
それを持ってしまった側から見れば、決定的に明確である。


そういうわけで、
今回は、「感受性」というものについてお話することにしましょう。

◆◆◆

彼女は、一般的な日本人の観点からすると、やや独特の環境で育った人である。
今回の話と関係のある条件を取り上げると、
「小さい頃からひとりでいる時間が長かった」ということだ。


ここには、他人からその内面を理解されにくくしている一つの要素がある。


いわゆる「感受性」というものは、
幼少の、それこそ常識的な大人の判断からは想像もつかないほどの幼少の頃から、
正確にいえばおぎゃあとこの世に人間としての生を授かった瞬間からの、
認識の深い蓄積に理由がある。

そうだから、わたしたちにはその人が量質転化しきった土台で物事を感じ取る姿しか、
見て取ることができない。
そうであればこそ、それは勘違いして捉えられがちである。

端的にいえば、「感受性」は、後天的ではなく先天的なものとして見られがちなのだ。
しかしこれは誤りで、感受性というものほど、後天的なものはない。
あくまで、環境の中で育まれたものである。(海保静子『育児の認識学』)

その証拠と言っては何だが、何百人も学生と関わっていると、
その人の性格や振る舞いを見ていれば、どういった家庭で育ったかはわりと検討がつく。
もちろんそんなことはおくびに出すわけにもいかないので黙っているわけであるが、
5年ほどでも目的的に観察していれば、大体の場合はまともな観察眼がつくのである。
「そんなバカな」と思われる方は、申し訳ないが問題意識が低いのだ。

(もちろんわたしの居る環境は、接する人間といえば学生たちがほとんどなので、
把握の仕方が、その特殊性に規定されている部分は少なくないのだが。
しかしそれでも、完成しつつある人格を間近で見られることはたしかである。)


これが、「感受性」にまつわる困難、
それを捉えにくくしている原因の一つである。

要すると、「感受性というものは先天的だから、わかりようがない」という、
感受性そのものにたいする思い込み、である。

◆◆◆

わたし自身も、どちらかと言わずともそういうものを持ってしまった側の人間であったから、
いわゆる感受性の乏しい人の振る舞いを見ていると、
人間の本性というものに、極めて懐疑的になったものだ。

「なぜこの人たちは、相手の気持が分からないのだろう。
相手の立場に立ったことがあるのだろうか…」

そう思ったことは、一度や二度ではない。


それだから、尊敬できる大人というものも、ものすごく限られた人数で、
しかも限られた種類の人間ばかりであった。

いわゆる芸術家肌の人間というのが、それである。
いまでも、典型的な体育会系商社マンのような(あくまでイメージである)、
よくも悪くもツルッとした質の人とは、どうもわからない話があるという感触がある。

そんな中にあって一流の経営者というものは、
彼らとは一線を画しているのだから、さぞかし大変だろうなと思う。

◆◆◆

ではそうすると、感受性というものは、それを持ち得なかった人間にとっては、
未来永劫理解できない種類のものなのだろうか。

これが二つ目の困難、「感受性をどう教育するか」が解かれてこなかった。

感受性は教育しうるか。
答えから言っておくと、できる。
できるが、いくつかの条件がある。
20代であること、それにまともな論理性のある教育を受け自身も努力すること、である。

「まともな論理性のある」とことわったのは、感受性を育むと言っておきながら、
「感受性を持つよう心がけろ」とか、「人の気持ちになって考えろ」とかいう、
単なる注意を与えることは、決して教育などではないからである。

それがわからないから教育を受けに来ているのに、
肝心の答えをはぐらかされては何の意味もない。
大事なのは、過程についての理解なのだ。


これからそれを論じる前に、まずは考えてみてほしい。
「小さい頃から一人でいることが多かった」人が、
どういう過程を経て「強い感受性」を個性として持つことになっていくのか。
(モンゴメリ『赤毛のアン』)

◆◆◆

しかしともあれ、感受性を持ってしまった人間にとっては、
持ってしまったからには、それを抱えて生きてゆくほかない。
一旦わかってしまったものを、忘れてしまうことはできないからである。
(自分の性質に馴染んで慣れてゆく、という仕方はもちろんある。)

彼ら・彼女らは、偶然の出会いというもの以外に、
どうしたらその内面を理解してもらえるだろうか。
理解されるには言わずもながら相手となる人間が必要なのだが、
今の世の中のどこに、その相手になるはずの人間を育ててくれる場、
言い換えれば「感受性」を訓練してくれる場があるだろうか。


看護学などはさすがで、この問題に真正面から取り組み、
この訓練を怠ってはいないから、
学問的に見てもこれ以上ないほどの教育がなされているものだ。
看護に携わる先生方の、学生を見る目というものには、いつも深く感心させられる。


わたしの知り合いが看護学校に通っていたときの経験だが、
朝礼が終わったあとすぐに、教員室に来るように呼ばれたという。
彼女はそこで胸の内を言い当てられ、まさかとの思いと共に、
理解者がいてくれたことの安心感で涙が止まらなかったという。
実は、彼女の周辺で、ある不幸があったのだ。

彼女はそのときのことを思い返して、
自分の顔を一目見ただけで、彼女がどういう精神状態にあるか、
そして、周辺の事情から、その理由を結びつけてわかっておられたのだろう、
と言っていた。

さらに驚くべきは、彼女の気丈な人柄のためか、
当時にはそのことそのものが、彼女にすら自覚されていなかったことである。
「他の友人とは違って、わたしだけは気にしていない」と思っていたそうなのだ。
友人の不幸のなか、「わたしだけはしっかりしていなければ」という態度で
いつものように振舞っていた彼女の心中を、ひと目で理解したわけである。

当人が無自覚の事象すら読み取ってしまうという凄まじい認識と論理の力こそ、
専門家が専門家たるゆえんである。

◆◆◆

ところが、いざ一般の社会に目を向ければ、
こういった教師が、自身の行動を持って後進を育てるという
まともな教育は、どこを見渡しても望むべくもないことであろう。

看護をする立場に立てばわかるように、自分が経験したこともないような
人生を送ってきた患者の立場に立つことこそが、仕事そのものなのである。
しかも、自分の何倍もの齢を重ねてきた人間が相手ともなれば、
その困難さはわかってくるであろう。

相手は、赤の他人で、しかも歳上である。
それでも、ふつうならば想像しがたいそういったあらゆる困難を乗り越えて、
相手の人生を「我が一身に繰り返す」ことができなければならないのである。


しかも、事はそれだけではない。
まず観念的に、相手の認識というものを自分のアタマの中に持っておかねばならないし、
その上に、そこから自分の認識の方へ、もどってこなければならない。
(薄井坦子『科学的看護論』)

つまり、感受性だけを武器にして、相手の立場にたって、
彼や彼女の経験に同調するあまり、共に泣き果てていてはいけないのである。
まず彼らの主観にもぐってゆき、そこからさらに客観の世界に戻ってこなければ、
疲れすぎてやっていけないし、診断や治療などできるわけがない。

要すると、感受性と共に、いわゆる「精神力」というものが、どうしても必要になる。
これが、感受性にまつわる困難の3つめの要素である。

◆◆◆

なるほど、と頷いておられる読者の方に、念の為に釘を差しておきたいのだが、
わたしたちの生きている現代日本は、よくも悪くも経済観念が前に出てきてしまうから、
これを、日々の多くの時間を過ごす「社会人」としての観点から理解することはできないことを、まずは知っておいてほしい。


ビジネスの観点から見る人間というものは、いいところ統計的な人間像か、
または購買活動をするときの人間像として特殊的に偏っているのであり、
組織人として活動しているときに見るそれは、全的な人間像ではない。

証拠に、営業マンとして先陣をきって働き、
取引先や消費者の動向は手に取るように分かる方でも、
自分の娘の心情というものはなかなかに理解しがたいであろう。

もし彼が、少女むけの商品を扱っていたとしても、事情はそう変りない。
購買動機というものは、人間の極めて特殊な行動でしかないからである。
その経験を押し広げて、人間像全体を考えてしまうことは、
できるはずもないし、してはいけない。

組織人としてトップでバリバリと働いておられて、何かの拍子に倒れ、
病院に何日か療養したあとの人間が、生まれ変わったようにさっぱりすることがある。
あれは、組織人としての観点以外の人間像が存在することに気づかされた、というのが原因の一つなのだ。

また、生産の場である職場に対して、
「家庭」が再生産の場であるという理由も、ここにある。

◆◆◆

ここまで書いておけば、感受性、というものについての誤解や、
それを理解する上での困難さというものが、少しは伝わったと思う。


このエントリーのタイトルは、実ははじめ、
「感受性とはどういうものか」としていた。

ところが書いていくうちに、そのものを直接とらえて論じたとしても、
それだけではあまり意味がないのではないかと思うようになった。

というのは、「感受性というのはこれこれこういうものである」
ということを、論理的になるほどと理解されると、実態の像が
読み取られないままになってしまうかもしれない、と感じたのである。

言わば、形式はわかっても内容が伝わらなければ、
わかった気にだけなってしまう危険があると思ったのだ。
なにしろ、いちばん他人を傷つけるのが、
相手の気持ちをわかったと思い込んでいるばあいの失敗なのだから。


そういうわけで、やや冗長になってしまうが、
表象段階の説明を入れながら、何回かに分けて論じてゆくことにしたい。
(表象というのは、現象をやや一般化したものを指す)

冒頭で出た、「考えがぐるぐるまわるのはなぜか」についても、
その形式について論じてゆこう。

2010/12/03

認識の土台について

昨日もどうでもいい話を書き散らしてしまったのだけど、
あれ、実は他のことを書こうと思っていたのだった。それがこれ。


わたしは前に、「わからないことはわからない」ということをわかっていることが、
物事を本当に知るときにはどうしても必要なのだ、と書いた。
そうしたら、何人かの人から、とても共感できる、という反応をいただいた。

具体的なことは一切書いていないこのブログの内容に、
わざわざ感想を送ってくださるということは、
よほど体験として同じ感触を持っている方なのだろうと思う。
(具体的な話なら、「ワタシもそれ好きだったんだ!」、「その歌手知ってるぅ〜!」とかって言いやすいもの)


古くはソクラテスが、最近の日本だと橋本治が、同じことを言っている。
わたしは唯物論の立場で研究をしているので、
ああいった観念的、思想的な書き方はいかがなものか、とも思ったが、
唯物論的に「わかる」という認識の作用を説明すると、
実に学問的な話になってしまうと思い、上のような表現に留めたものだ。

◆◆◆

ただそういう端的な表現だと、経験したことのある人以外にはなかなか伝わりにくい。
よくよく考えて見れば、わたしの言ったようなことは、二重の意味で誤解を生むかもしれない。

もともとあの文章は、何かをわかったと思ったときには、そこにまだ理解しきれていない
部分があるはずだ、という残心を常にもっておいて欲しい、という意味合いで書いたものだ。

そうすると、誤解のひとつには、
わたしの発言を見て、「オレもそう思う!」「ワタシも!」と安直に反応されると、
もともとの内容がまったく意味のなかったものになってしまうこと。

もうひとつは、
わたしが、物ごとの伝わらない誰かに対して、
「このわからずや!」とでもいいたげな文脈に見えてしまうということ。

◆◆◆

それでも読者の方が共感を覚えてくれたというのは、おそらく実体験でも身にしみているからだろう。
人の気持ちを読むことについては、自分が不理解を受けることもあるが、
自分が誰かのことを不理解のままだったのだ、と気付かされることもある。


わたしにも、こんな経験がある。

ある大学生の家庭教師をしていたときのこと、
勤務時間が長くなるために、月額でいえばけっこうな給料をいただいていたのだ。
それは月のはじめに手渡しで頂いていたのだが、生徒のお母さんが外出中には、
飲み物と一緒におぼんの上にポンと置かれていることがあった。

はじめはこんなところに置いておいていいものか、と思っていたのだが、
数カ月が経つ頃には、そんなことも思わなくなっていた。


そうして月始めを迎えたある日のこと、
いつもどおりにご自宅に伺うと、そこには学生さんだけが留守番であった。
わたしは鍵を閉めたことを確認して2階に上がって席に着く。
そうすると、おやっと思ったことがあったのだ。
学生の机の引き出しから、白いものがはみ出ている。
よくみると、いつも給料をもらうときの封筒と同じものである。

わたしは授業をしている間もそのことが頭から離れず、
「今日が月始めであること」、「学生の引き出しに白い封筒があること」、
というふたつの証拠を、どうしてもあるひとつのところに結び付けずにはいられなかった。
彼が買うつもりだと言っていた大きなフィギュアのことも頭をよぎった。


わたしがなにを思っていたか、いや疑っていたかはおわかりであろう。
しかし、いざ問いただそうとしても、言葉は喉の奥にひっかかって出てこなかった。
彼に、器質的な特徴があったこともあり、それだからこそ逆に言えなかったのだ。
心苦しいが授業の終わりにはそれとなく聞いてみるしかないか…
と思っていたら、玄関を開ける音がする。
学生の母親が帰ってきたのだ。

授業時間が終わる数分前というときに、お母さんが、
わたしの給料を持ってきてくれた。

◆◆◆

わたしは今思い返しても、あのときほど、自分の醜さを自覚したことはなかったと思う。
口から出なかったとは言え、なんというくだらぬ考えを持ったものか。
言ってみてくだらぬ奴だとばれてしまったほうが、いくらか収まりがよかったはずだ。


その学生さんは、覚えが悪い、集中力がないと、
あちこちをたらい回しにされた挙句、わたしに声がかかったひとであった。
そんな事情を知っていたから、わたしは学業がもっとも忙しい時期でも二つ返事に授業を引き受けたものだ。
はじめての顔合わせの時、どういう人なのか、わかった。
誰にもわからないかもしれないが、わたしには、きっとわかる。
わたしがこの学生さんを見てやらねば、彼はもはや、誰にも理解されぬだろう。
わたしが最後の砦、そう自負していた。
それなのに。

◆◆◆

ひとが、あることを考えるといった場合には、
その素材のもともとの形は、外部からの反映によって与えられたものである。
素材がどんな形に変えられていようと、やはりそうである。
(対象も認識も、先天的には与えられない。唯物論)

そうすると、あるていど状況証拠を揃えてしまうと、
あとはそうして育まれた問題意識の上に載せる形で、物事を認識してゆくことになる。
(対立物の相互浸透、量質転化)

そこでの頭脳活動はこうだ。
目の前にある表現が作られた過程を、
作り手になったつもりで自分の頭の中に思い描き直して、
その表現の作り手の認識を得ようとする。
(言い換えれば、表現の創出過程が、対象から認識を媒介に表現へと顕れるのとは逆に、
表現から対象へ、という過程を、作り手の認識を媒介として「遡る」。観念的二重化)


これが料理研究家のばあいには、
ある食事を食べたときに、
「これを私も作れるだろうか(=これを作った人はどんなことを考えていたのか)」
という視点で見ることになる。

他方、これが刑事のばあいには、
ある事件現場を見たときに、
「これは誰がやったのか(=これをやった人間にはどんな動機があったのか)」

という視点で、ある問題意識を持った状態で見ることになる。


当然に、これはあらかじめ強い問題意識が働いている場合だから、
なんの興味も知識も持たない場合には、そこから得られる反映も変わってくる。

論理的な教育を受けていない場合に、心霊現象と呼ばれるものが認識されるのも、
ある現象を目の当たりにしたときに、「誰が」という主体を考えずにはいられないからだ。
そうして人間の意志が働いていない自然現象にも、「誰が」と問いかけ、
霊魂だ、神様だ、悪魔だ、と結論づけることになってしまう。
(過度の一般化、つまり対立物の相互浸透)

対して、専門的に物事を考える立場にある人間は、
そういった常識的な見方から、さらに「つっこんで考える」。
その土台が、一般の常識的な人間が持つ認識の土台であってはいけないのは当然である。
武道をするときに、人間体で取り組んでは、いいところ喧嘩殺法にしかならないのと同じだ。

そうすると、人間にまつわるものをわかろうとすれば、
物ごとの探求に、「我が一身に繰り返す」という視点が、どうしても必要になることもおわかりであろう。

◆◆◆

一般に人間は、上で述べたような仕方で、別個の事象を「ひとつの流れ」として、
因果づけてとらえようとするから、その結果の形としては、
いわば「物語」のように見えるものである。

科学的な論じ方をするときにも、この「流れ」という性質は共通して見て取れるから、
そこを過度に一般化して、科学は物語である、といった極論も生まれてくるのだ。
(結論からいえば、科学のみならず学問一般は歴史性をその根拠とするから、
物語とは区別し、「相対的な真理である」、とするのが正しい)


しかし、ここにこそ陥穽がある。
いったんひとつの流れとして認められたときには、
それに属さないものが、ことごとく例外的なものとして、拒否される。

さらに悪いことには、認識しはしたもののその対象を意図して拒否するならまだしも、
認識の上にすら、その物事が上らない場合がある、ということだ。

(誤解を恐れずにイメージづくりの一助のためにあえていえば、こうなります。たとえば、本屋に行ったとき、手に取ってみるのはどんな本かを考えてみてください。どうしても、まったく関心のないテーマや色のものは調べてみようがないでしょう。そうではないものを知るのは、友人に薦められた時や、落ちていた本を拾った時くらいのものです。あくまでイメージとしては、とことわっておきますが、そういった経験と同じです。)


認識の上にすら上らないものは、当然ながら、
当人の姿勢がどれだけ「謙虚」を自覚したものであろうと、認識されない。
その土台すらないからである。
(だから、わたしのところに真剣に弟子入りしてくる学生さんには、それを決めた瞬間に、「これまでモノを考えていた土台は全部棄ててください」、と、もっとも難しく、厳しいことを要求します。)

認識されないものは、認識されない。
これが、「わからないものはわからない」と言ったことの内実である。

◆◆◆

わたしが挙げたのは、自分が誰かのことをわからなかった場合の例だが、
その反対のことだって往々にして起こりうる。

一般の読者の方々にとっては、こちらの経験のほうが、印象には色濃いはずである。

上司に「あれやっといて」と言われてやったが、
「これじゃねえ、なに聞いてたんだ!」と叱られた。
じゃあこれか、とやってみたけれど、「それも違う!」とまた叱られる。
「言われたとおりにやっているつもりなんだけど…」と自信を失うこともあるだろう。


上司だけに、あなただけに、また二人の間にだけ問題があるのではない。
また、「あれ」や「これ」と書いているから実感がわかない、
というのも本質的な問題ではない。
言葉が、そもそも対象の一般性としてしか表現し得ないものであるという性質に由来する、不可避の現象なのだ。


それとは反対に、わかっていて細かな工夫を凝らしたときにでも、
分かる人とそうでない人がでてくる。

わたしがロゴデザインをしたときのこと、
ロゴのバックに木目を手書きで薄く入れた。気づいたのは1人だけだった。

わたしが毎年大切に育てているカワエビの子どもが春先に生まれる。2mmほどである。
来客のうち、気づいたのは生き物が好きな保険会社のお兄さんだけだった。


知識があったり目が良かったりするのではない、認識の土台、問題意識が違うのである。

◆◆◆

ところが、「わからないものは未来永劫わからない」というわけではない。
これが救いである。

わたしのところに出入りしている学生のひとり。
来るまでは、自他共に認める、人の気持ちがさっぱりわからない人間だった。
最近では、人の気持ちがわかっていないということは、わかるようになってきた。


当人の志次第では、0から1を作ってゆくことができる。
それができるというのが、人間が認識の中にもった、唯一の希望ではなかろうか。

◆◆◆




…ここまで書くと、
お前は肝心なことを書いていない、
最も大事な、「わからないことがわかる」という過程はどうなっているのだ、
という声があるかもしれない。

この質問があるということは嬉しいことだけれど、
説明ばかりしているのもつまらないので、自分で考えてください。
キーワードは、「対立物の相互浸透」のあとの「量質転化」、です。
順番は崩せません。
もっとも、実は上にだいたいのことは書いてあるのですが。
(まとまりにやや欠けるのは時間の都合です。これ以上のことは直接お話ししましょう)

ここまで書いたら頃合いなので、つぎは自転車ツアーの話でもしましょうか。
実に関係のある話です、けむに巻いているわけではありませんよ。

いまさらですが当ブログについて

ここに書き散らしたことへ、ご意見をいただくことがある。


このブログはコメントが全然つかない平和な場所なので、
端から見ていると誰が読んでいるのか、
といった感想があってもおかしくなさそうだけど、実は意外と読者がいるのかもしれない。

姿勢を正していちおうことわっておきますと、
ここはわたしと、わたしの弟子たちが学問的なテーマで物事を論じるときの場、
ということになっています。

どっからコンタクトとるんだ、というひとは、
buckets_blogあっとまーくmac.com
にメールをいただければ幸いです。たまに見ます。

もちろん、コメント欄に直接ご連絡いただいてもかまいません。

◆◆◆

以下はどうでもいい雑記なので、忙しい人は無視してください。

◆◆◆

上のことわりを書いていてあらためて思ったことがある。

わたしはなにしろコネというものに興味がなく、
mixiやfacebookとかのSNSは全然手を出さないので、誘われたときには、
「ここは更新しないと思うので直接メールください」
といったふざけた文句を書き残して、ぷいっと消えちゃうのだ。

現実世界でも、仕事が終わったらランニングやら添削があるので、呑みにも行かない。
実のところ、学生に「なにか書いてください」と言われなければ、ここも書かないだろう。


そういえば、以前に、ある人に、友達は何人かと聞かれたことがあって、
わたしはそんなことは考えたこともなかったものだから、
「携帯電話に登録しているのは500人くらいです」
と答えたのだった。

そうすると、
「そんなウソをつかないといけないなんて寂しいなあ、
本当の友達をつくっておかないと、困ったときに誰も助けてくれんぞ」
と返された。(誇張ではない)


その人は、どうやらわたしが友人の少ないことを気にするあまり、
無理に多く見積もっていると思ったようだ。
誤解には慣れているつもりだったが、これには面食らった。

そうか、世の人は友人の数を競うものだったか…
そういえば、「友達100人出来るかな」って歌もあったっけ。

◆◆◆

わたしの友達観というものは、世の中とはずいぶんズレているようで、
遊びに誘ったりという意味では、基本的にはわたしから声をかけることはないのである。

大学時代は、学校が終わってから2つアルバイトをし、
週末が空いたらキャンセル待ちして海外へ、という生活をしていた。
月曜の朝のフライトで、そのままの足で授業に行くのだ。
卒業してからも、やることは変わったけれど、
時間の密度からいえば似たようなものである。

まあ要するに、どうしようもないマイペースで、協調性がないのである。
これだけ言うとおもっきり誤解されるが、
友達なんかなくてもやっていけるのである。


それでもいくらかは友人関係を保てているというのは、
ひとえに気の良い友人のおかげというものである。
わたしの努力というものはほとんどない。
わたしがこういう人間だからこその、得難い友人なのだ。
そうであるから、この人たちだけは、いなければ絶対にこまると分かるのである。

◆◆◆

翻って見るに、世の人たちは、友達というものをどういうふうに考えているのだろうか。
上で出した人の話でいえば、
「困ったときに助けてくれる」かどうか、
という要素がけっこう大きいのだろうか。

わたしも友人には助けられていると思う。
しかしだからといって、助けてもらえるかどうかを吟味して人を選んだことはない。

ついでにいえば、わたしはどちらかと言えば、
500人の内訳の95%以上が後進たちなので、「形の上では」助けている方が多いだろう。
現にいまも、毎日違った人たちの論文と研究に、自己PRを添削しているもの。

おまけに、その人たちといえば、
担当するはずの教師からそっぽを向かれたり、社会不適合者だと爪弾きにされたり、
動機の人間からも使えないと罵られたりしている人間が多い。
わたしが見たところも、どーしようもない奴だなあ、と思うし、実際にそう言っている。

しかしそんなことは、どうでもいいのである。

わたしがなにか不味いことになったときに、誰も助けてくれなくても別に構わない。
実のところ、これだけの数をさばいていれば、
いざ卒業や就職が決まれば連絡一つよこさない人間がほとんど、ということになる。
しかしそれでも一向にかまわないではないか。

むしろそんなことを考えていたら、人付き合いなど始められんと思うのだ。

◆◆◆

わたしから取るものがあったら、遠慮無くいくらでも取っていくといい。
それが物質的なモノとなると、出るところに出さなければならんが、
形のないものなんか、いくらでもくれてやるというものである。

わたしのところに出入りしているある人なんかは、
肩を触れ合ったというレベルの出会いを経てからずっと、
親元に帰ってくるたびに新しい話題を持って会いに来てくれる。

だから、わたしはそれに応えられるだけのものを持っていようと、
常々思えているのだ。


上で言った「どーしようもない」人たちも、
本人の志と努力次第では、1年ほどでモノになることがわかっているのである。
そのための方法を、共にずっと探して、コツコツ磨いてきたし、
いまも高めあっているところなのである。
そういう意味で、わたしが一番の勉強になっているのだ、掛け値なしに。

社会から見捨てられた燃えカスを、
ピカピカの原石にまで磨いてやれた日のうれしさといったら!
これほどの喜びというものは、味わったことのない人には決してわからない。

ここに我あり。これぞ人間冥利に尽きる。


だから、
パクれるものがあるなら勝手にパクれ、礼は要らん。


そんなふうに生きていたほうが、ピリピリしなくて楽ではないですか。
その上でなにか返ってきたら、それこそ僥倖というものである。

◆◆◆

どうでもいいついでだけど、
この前ひさしぶりに一斉送信と思しきメールをくれた人がいて、
そのなかにこんな文言があって笑ってしまった。

「××学校出身の××です。現職××です。
携帯電話を替えたので、ぜひとも更新をお願いします。
コネは大事です。」

お前はコネだ。
こんなことを言われて、なるほどそれは有り難い、と思える人っているのだろうか。


どうも、コネはカネになるということだそうですが、
少なくともわたしの場合は、一銭にもならんと思うのです。

2010/11/28

第5世代 iPod nano レザーケース

小さい頃から懇意にしている親戚兼友人の誕生日祝い。


例によって、型紙がとれたと思ったら最後まで突っ走ってしまった。
わたしの専攻研究も、ここまではかどれば怖いもの無しなんだけどね。

ってわけで、iPod nanoケース。

友人から依頼された条件と注意点は、
・画面を守れること
・付けたまま操作できること
・いつもは右手で操作する


デジタル機器のケースでは、いつも「勝手に弟子入り」して、
勝手に我が師と仰ぐRethinkさんの作品を目標にしているけど、
第5世代のnanoケースについては、画面を守る機能がなかったので参考にできず。


そういう理由があって、
昔愛用していたiPod mini ケース「Clippad」を手元に置きながら考える。
Clippad(写真はiPod用のもの)
ただ、手持ちの革は2mmしかないので、この形だと、折り返しが3回分になり、
せっかく薄いnanoの厚みに、6mm以上が追加されてしまう。
これではいけない。


なので、ボタンどめをなんとか厚みをとらない形で、、、
と考えたのが、以下の形。


ボタンをクリックホイールの右下に持ってきた。
「右手で操作」に抵触しないか試したが、問題なさそう。

とじたところ。
右上の革が浮き過ぎないかと思ったけど、そこそこ大丈夫。
ケーブルを巻いて持ち運んでいるうちに、慣れてくるといいな。

一晩でポンと作ってしまったけど、喜んでもらえて良かった。

ボタンはメッキ無しの、真鍮そのままのものを選んだ。
大きめの物しかなかったけれど、経年変化を楽しむという意味では、
真鍮に勝る金属はない。

こういう価値観を共有できるというのは、なんとも幸せなものです。

◆◆◆

さいごに、これまでのまとめ。

このうちのいくつかは、嫁に行くことが決まっているので、
撮れるうちに。
最後の写真は、

左側から、
・MacBook Air '11ケース
・PSP-3000ケース
・iPod nanoケース

右側は、
・iPadケース
・Apple Wireless Keyboardケース

◆◆◆


これまで革小物の展覧会にお付き合いいただきありがとうございます。

とりあえずは、作りたいものは一気呵成につくってしまったので、
これからはじっくりひとつずつ作っていければと考えております。

ご依頼は随時。

iPadレザーケース

やばい、脱線ばかりしてたらまた寝る時間がなくなっちゃいそうだ。。

この時期は就職活動や卒論なんかで、始発で学生さんが来ることもあるので、
だいたい時間がなくなりがちなのだ。
それに加えて、一連の革細工である。

真っ先に削られるのが睡眠時間、というか、それしか削るものがない。
ごちゃごちゃ言ってないでぱっぱと写真載せて、近況報告終わり、
とかすればいいのにねえ。

わたしは読者の声が一声でもあると、いくらでも乗せられてしまうという意味では、
けっこうおめでたいのかもしれない。

◆◆◆

ってわけで、iPadのケース。

もう持ってたけど作っちゃった。
やっぱり市販のものよりこっちのほうがいいなあ。


iPadケース。
あいかわらず適当なショットでスマヌ。

裏面の写真がないけど、画面側は分厚い皮です。

逆さまにしてもすっぽ抜けないようにできた。
画面側を4mm、背面を2mmの革で作ったので、
画面を守りつつそれなりの重さに抑えることができたと思う。

今回も、あえて緩みのある部分(たぶん脚部)を使ったので、
背面の右下の質感が他とは違う。

もし売り物にするときには、こういうところを気に入らない方には
もちろん違った部分を使って作るのだけど、
個人的には、ちょっとくらい傷のある方が、つるつるのものよりずっと好きである。

革も、人の性格もそうだ。

PSP-3000レザーケース

手元にあったものにかたっぱしからレザーケースを作ろう、という企画のうちのひとつ。


第何弾かはもう忘れちゃった。
毎日睡眠時間を削りすぎて、先週はろくに寝てないもの。。

書物と向かってする研究だと、集中力が切れると眠くなってくるのだけど、
こういう作業は時間を忘れて夜通しやっちゃう。

実を言うと、わたしは社会の動きなんかよりもよっぽど芸術のほうが好き、、、
(と書いてみたら、芸術も武芸なんかも、もちろん人間なんかより自然も大好きなので、もしかするととくに好きでもないのは人間の、とくに社会の動きだけかもしれないという気がしてきた。まあいいや。)
なもので、芸術に携わる人たちとの交流もけっこうあるのだ。

◆◆◆

ってわけでこの前美大に通う学生さんと話していたら、
大学側が省エネだとかで夜間のアトリエ開放を中止したらしい。

その学生さんは意欲のある人で、
「仮にも芸術家を育成する場で、創作活動を阻害していいはずがない」
と憤慨していたのだ。

わたしも、画用紙サイズ(A3大です)の作品をカラーで描くとなると、
平気で三日三晩飲まず食わずの寝ずで作業をしてきた経験があるので、
彼の気持ちはとってもよくわかる。


わたしは直接その大学にものを言う立場にないのでどうにもできず心苦しかったが、
テレビに彼の作品を大写しにしながら、
その世界観について語り合っているうちに、気も紛れたようだ。
とりあえず、彼の嘆願書に署名して、その場は別れた。


しかし今の美大というものは、
学生のことよりも財政のことのほうを気にせざるを得ないような状態なのだろうか。
もともと日本には芸術の世界というものがほとんど存在しないし、
まともに認知もされていないという状態なので、ありうるかもしれないとは思う。

科学に携わる人間が公の場でものをしゃべることはたまにあるが、
芸術に携わる人間のそれというものは、とんと見たことがないもの。

◆◆◆

しかしそれでも、市場などないことを承知しながら、
それでも道をつくるために働こうと、泥まみれになってもがいている人間が、
どれほどの苦労をしているかを想像してみたことがあるのだろうか。

周囲の冷ややかな目だけならまだしも、
それ以外の考え得る幸せや豊かさをかなぐり捨ててまで身を切っているにもかかわらず、
親族一同から変人、気狂い扱いされるという惨めさというものは、
一般の人々が持っている「惨め」という像とは全く違う。

社内の業績で最下位をとったなどというものとは、レベルが違うのである。


彼らは誰かの歩んだ道を歩ければまだ幸せともいえるほうで、
ほとんどが道をつくるどころか、道の作り方から作らねばならないのである!
1から2を作るのではない。
0から1を作るということが、いかにその身に応えるものか。
小さな人間の身を遥かに超える重圧を、彼らは背負っているのだ。


そうだからこそ、先生方だけは、身を切って道を歩もうとする学生たちの、
唯一の味方であってほしい。

◆◆◆


その実大きな組織に守られながら、
その中でくだを巻いていればいい人間の苦労と彼らのそれが、
ひと味も二味も違うということが想像できなくて、なにが人間だと言えるだろう。
(大きな組織というのは、会社組織だけではない。国家もそうだ)

自分でない人間の気持ちや仕事、生き方について理解するときに
一番分からなければならないのは、「わからないことはわからない」という姿勢である。

世の中には、想像してもそうする手がかりすらつかみ得ないという物事が、
確かに存在するのである。
一般には心霊や神などがそういった扱いを受けることが多いが、
もっと身近なところに、ありすぎるほどある。
それが、人の気持ちだ。


それでも、「やってみなければわからない」、
「体験したことのない人間には私の気持はわからない」
という極端な経験主義に陥らないためには、どうしても、
ある経験を持った人の気持ちを、「我が一身に繰り返す」かのごとく、
観念的に追体験してみることができなければならない。

経験主義がはびこれば、体験者がいなくなる、という条件一つで、
もう一度戦争が起きることすら防ぎようがない。


わたしたちは、齢を重ねたりそれなりの地位についたり後輩の目がある前なんかだと、
どうしても「そんなことは前からわかってる」という姿勢を取りがちなのだ。

わたしは学生たちの話を聞きながらよく相槌を打つが、
その相槌一つひとつに、確かな重みが含まれているかどうかは、自戒したいと思っている。

◆◆◆

余談だけれど、、、

我が家には担当の先生から見捨てられたような学生たちがよく来る。
だけど、アトリエ替わりにはまだしたことがない。

我が家を、多様なジャンルで我が道を目指す人たちの、
交流の場にしたいと常々思っているのだが。



◆◆◆

やっと本題に入ることができた。
わたしはなんでいつもこんなに脱線しちゃうのだろうか。

PSP-3000ケース。ぴっちりにしすぎたので初代は入りません。
でも、使ってるうちに馴染んでくるのが革のいいところ。
ボタンで止めているので、すっぽ抜けたりせずにすむ。
ボタンを開けると、ケースに入れたままでACコネクタとアクセスできます。
ン十年ぶりにリメイクされたタクティクス・オウガ。
もう数年間はこれだけでいいかも。

これは自分用というよりも、頼まれたときのために作ったのだけど、
意外と良く出来たので売り物にしたくなくなっちゃったぞ。

…と、こんなヨコシマな感触がアタマをよぎるたびに、
その道40年の尊敬する、一流の彫刻家から聞いた一言が身に染みる。


わたしは、失礼にもこう言ったものである。
「良い作品ができると、商品扱いにするのがもったいなくなりませんか?」

彼は少し間を開けて、こう答えた。
「有るか無いかと言えば、ありますね。でも、プロですから」


わたしが正しい道を歩めているとしたら、
彼らのことばが私の中で、生きているからだ。

2010/11/24

Apple Wireless Keyboard レザーケース

長いタイトルだな。

Appleでもこれなのに、一昔のMicrosoftといったら、
アタマに"Intelli"をつけるだけならまだしも、
トドメに"with~"っていう機能名でダメ押しをしていたっけ。

MSがフル機能の無線キーボード出したらこんな感じだ。
Microsoft Intelli Wireless Keyboard with multi-touch technology

革ケースを出すときには、
Microsoft Intelli Wireless Keyboard with multi-touch technology premium leather case
とかになるんだろうか。
もうわけがわからん。

しかし日本に生まれた人間からすると、「インテリ」ってのは、
ロシア語の方の意味合いが強いから、どうしても蔑称としてイメージしちゃうよねえ。
もうちょっとなんとかならなかったんだろうか。


ただAppleも一般名詞を好んで使いたがるから、
かえって検索するのが難しかったりするんだけども。
Apple製のメーラーはそのものズバリ"Mail"だから、
設定がわからなかったりすると、検索結果の他の一般的なメールに関する話題をより分けた上で、欲しい情報にたどり着かねばならないわけだ。

ここらへんは、昨今の検索システムが優秀になったことに加えて、
困ったユーザーが"Apple Mail"と呼ぶようになったから、前よりはましである。
ユーザー諸氏は賢明である。


◆◆◆

ほんとにどうでもいいことを書いてしまった。
いまは人をまっている時間を使ってこれを書いているんだが、
実は昨日はあんまり寝なかった。

というのも、革の細工をしたあとちょっと仕事をして、
手を休めて寝ようかとベッドに入ったものの、
頭の中にイメージが渦巻いていてあんまり寝付けなかったのだ。
何のイメージかといえば、革細工である。

以前から芸術方面の活動となると、
3日間くらいは飲まず食わずの寝ずで絵を描いたりしていたので、もう慣れっこ。
人に心配されるほどでもない(疲れるけどね)。


むしろ、頭の中のものを表現として出さない限り、落ち着きがなくっていけない。

◆◆◆

というわけで、やっと本題。
iPadといっしょにつかっているワイヤレスキーボードの革ケースを自作。

写真のいい加減さは目をつぶってください…

ホックの止め打ちに不慣れで、一個潰してしまった。
こういうところもやってみないとわかんないもの。

パームレストとしては…ゴワゴワして使えないと思う。

これ欠点。蓋のあいだが浮く。
ボタンを増やせばいいのだけどかっこ悪いし。

さいごの写真を見ての通り、蓋の間がテンション足りなくて浮いてしまう。
これはちょっとダメだなあ。
テンション保持のワイヤーとかあるんだろうか。

ホックの間隔はキーボードのゴム足と揃えてあるんだけど、
人様のために作るときにはもうちょっと考えねばなるまい。


とはいえ、昨日のAir用ケースと違って、
牛の足の革なんかの波がかった部分ではないので楽だった。
この延長線上で細かな工夫をしていけばいいという感触はある。


さて、これから人と会ってきます。
んー次はなに作るかな…