なにか考えないといけないなー
と悠長に構えていたらあっという間に年末になってしまい、年の瀬も押し迫った頃に特攻することになりました。
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と言っても、それまでに数度、盛り込んでほしいテーマについてはやりとりできていたので、頭の中には作りたいものの像がそれなりにはっきりしていたのでした。
オーナーから出された要望というのは、こんなふう。
・取っ手がほしい。
・小物を入れるポケットがほしい。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、がものづくりの信条、かつ表現の質的な向上の唯一の道だと信じているわたしにとって、これは実に酷な条件でした。
自転車用のバッグに取っ手をつけたとして、それほど使われるものだろうか?
ポケットをつけたら無駄な縫い目が増えてしまう…インナーケースでなんとかならないだろうか?
などなどという思いが渦巻き、どうすればオーナーに、「やっぱシンプルなのでいいや」と言ってもらえるか、ということを散々思案したものです。
簡単に言えば、要らないものや、目新しくてもいずれ使われなくなるであろうものは絶対につけたくない!ということですね。
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そんなことが念頭にあったので、「ホントに要るの?ホントにホント?」と、互いにしつこくやりとりをしているうちに、どういうものであればずっと使ってもらえるものになるか、ということが次第次第に見えてきたのです。
おそらくここは、オーナーである夫妻にとっても、「自分の欲しいもの」像が深まっていく過程であったと思うのですが、同時に、「この作り手という人間は、どうしてここまで聞き分けがないのだ?言った通り素直に盛り込んでくれればいいじゃないの…」と呆れさせてしまったかもしれません。
しかしこの過程こそが、原理的な立場(=要らないものはつけない)と、経験的な立場(=だって欲しいもの)を統一してゆくことに他なりませんから、本質的にものづくり並びに表現に取り組んでいこうと考えている読者のみなさんは、やはりオーナーとの喧嘩は避けてはとおれないことになります。
(より深く考えたい読者の方へ:
ここはとても難しい問題ですが、同様の問題として、たとえば、洋画の額縁に描かれているツタの模様などを思い浮かべてみてください。あれが、なぜああいった形になっているかわかりますか?
なぜあの大きさなのでしょうか、なぜあの曲がり方なのでしょうか、なぜあのモチーフなのでしょうか?
そういった問題に答えられないという場合には、まだ問題が解けていない、つまり自分のものとして身についていない、ということなのです。
デザインやものづくりをする人間にとって必要なのは、「古代ギリシャ人が黄金比を見つけた」などという知識なのではなくて、「古代ギリシャ人はなぜ黄金比を普遍的な美しさとみなしたのはなぜか」という、彼等の認識の生成をゼロから追ってみて、その答えにたどり着くことと直接に、自らの認識として技化する、ということなのですから。
このことが押さえられないから、誰かの作った理論やデザインを、ただただ表面的に横滑りさせてコピーするしかなくなるのです。
ですから、ものづくりの本質的な前進に絶対的に必要なのは、技術でもなく、ましてや既に現象している表現でもなく、認識、でなければならない、と言うのです。)
入り込んだお話はここまでです。お目汚し失礼。
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さて、取っ手とポケットがやはりどうしても必要である、というオーナーの要望が高まるとともに、どのような形態をとればいちばんよいかたちで使ってもらえるのか、という作り手のバッグ像が明確になってくる段になって、数点のアイデアが浮かんでくることになりました。
以下のものがそれです。
帰ってきた答えは、いちばん下の「ドイツホック型がいい」、ということでした。
わたしはてっきり、上の2つのどちらかで来るものと思い込んでいたので、少々意外でしたが、決まったからには前進あるのみ、です。
形態が決まると、次は全体のテーマが問題になります。
メインのテーマは、新婚旅行で行ったという思い出の街、ポルトガルはポルト。
冒頭の写真も同じところです。
レンガ造りの屋根と、しっくいの白が青い空に映える色彩が目に留まり、それを使うことになりました。
ここまでが、12月の初旬頃までに終えたやりとりでしたから、年末進行にバッグ製作をねじ込めばいいだけ(!)、というわけです。
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ということで、できました。
年末のパーティーでサプライズとして渡すつもりだったのですが、当日のぎりぎりまで作業して、ようやくひとつはかたちにしてお見せすることができました。
今回のバッグにそこまでの時間がかかったのは、いつもとは違った構造を採用したから、です。
側面をじっと見てもらえれば、その違いがわかるかもしれません。
わかるでしょうか、少し丸みを帯びていますね。
以前までのバッグと比べて見てもらえれば、よくわかるかと思います。
奥にある初代自転車バッグG1は、マチが凹んでいますが、今回のG5については膨らんでいますね。
このことは、丸みを帯びた優しい形状になることを助けるだけでなく、内容量を増やすことにもつながります。
今回作ったG5ペアのうち、G5i(下の写真の左側)については、これまでで最も小さい横幅でありつつ、容量は変えずにつくることができました。
iPadや、カメラのクッションケースも入れることができます。
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夫妻の要望で、ポルトガルの伝統民芸、アズレージョを横につけました。
振動が多い自転車バッグに使うには相当に華奢なタイルでしたから、革で補強した上で差し込んであります。
万が一割れた時にも、交換して挿し直すことができます。
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婦人の自転車については、サドル下のスペースが少ないために、バッグを付けられるかどうか自体が怪しかったのですが、棒屋根式のおかげで、付けてしまいさえすれば蓋が半分は開きますから、使いやすくなっているのではないかと思います。
荷台を付けてもバッグを収めるスペースがない場合には、また考えればなんとかなるでしょう。
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ポケットは、扇状のマチをとってあります。
ポケットの幅は20mmほどしかないので、こうしておかなければ手を差し込んで落ち込んだものを取り出すのが難しくなるからです。
手の甲が革の裏側とこすれてざりざりなると不快なので、ポケット部はつるつるになるまで磨いてあります。(ベタ貼りでもよかったのですが、そのぶん重く、雨に弱くなってしまいますので見送りました)
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ポケットのマチを折りたたみ式の扇形にしたことで、ギボシをつけることができました。(上の、カメラケースを入れた写真だとわかりやすいと思います。ポケット部につけた金具のことです。)
今回のバッグの顔は、いちおう正面のドイツホックと呼ばれる丈夫な金具ですが、荷物が少ない状態だと留めにくいので、そのときにはギボシのほうが使い勝手がよいと思います。
ちなみに、ドイツホックはG5sとG5iで形が違うものを使っています。
そのこともあって、10mmしかサイズの違わない両者ですが、けっこう違ったものに見えるのではないでしょうか。
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さいごは個人的なお話で恐縮。
前後を入れ替えることもできます。
自転車仲間の友人のご好意で、この自転車本体も贈り物としてお祝いできました。
ほかにも共同で出資してくれたみなさんをはじめ、自転車仲間のみなさんにこの場を借りてお礼を申し上げます。
某屋根部の朱色は、革が日焼けしてゆくとともに色も変わってゆきます。
ご夫婦がふたりで年輪を刻むように時間を過ごしていってほしいという思いを込めて、刷毛で重ね塗りをしてあります。
ささいなものですが、鞄の色の深まりにつれてお二人の仲も深まってゆきますように。
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