2011/11/21

自転車フロントバッグG3 (3)

(2のつづき)


前回の最後で、モチーフを「禅」、「静謐なもの」などと決めて、数点の資料を見てもらった上で、みなさんならどういうものにしてゆくか考えてみてください、と言ったのでしたね。

わたしがつくったのは、こんなふうなものでした。


えらく直線的な顔になったなあと思われるかもしれません。
ところが、今回はこちらは正面ではなく、背面側です。

わたしははじめに、オーナーが乗車中に仕舞ったものを取り出すときに、手前に開かなければならないことを問題視していました。
なぜならハンドルバーには、ライトや、最近ではGPSとしてスマートフォンを取り付けることが多いですから、フタが手前開きだとそれらに干渉してしまうのです。

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わたしは今回のバッグは、自転車はもちろん、乗り手にも寄り添って、乗り手が真っ白なキャンパスを自分の色に染め上げることができるようなものにしたいと思いました。

そういう理由で、正面はこうなりました。


これまでの流れとはずいぶん違っているので、はじめはぎょっとされるだろうな、と思っています。
そのために、作品をして語らしめるという原則を踏み外していさかか饒舌にすぎるとは思いつつ、ご説明を加える次第です。(モノそのものと自分で向き合いたい場合には、読まれなくてもけっこうです。解釈は押し付けるものではありませんから)

オーナーがモチーフとして選んだコンチョの色合いに、バッグ全体を染め上げようとしたときには、この構成が最も良いと思ったのです。
中央よりもやや上に配置されたコンチョ用の穴は、上部と下部を黄金比で分ける地点(1:1.618)に位置しています。
位置を決める際には、あらゆる地点にコンチョを配置したあと、良い配分だと感じられたところにポイントを置いてみて、それが黄金比とどのような違いがあるのかを洗い出した上で決めました。
しかしその上でも最終的に、自転車全体の調和を考えたときにもこの位置がやはりベストだと判断しました。

また、正面の配分だけでは顔としてはシンプルにすぎるところがあるであろうことは、製作段階から意識しており、そこに、無地でありながら全体を整えるという矛盾を統一するための色むらを加えています。
色むらは、革全体に柿渋染めを施したあと、小さい筆で一本一本線を引き、乾かしたあとまた重ねて引くという工程で少しずつつけて、齢を重ねるたびに増してゆく積層がその人そのものであることを表現しようとしました。
漫画家の弟子と、定規なしで鉛筆で一の字を書く修練をしたことが使えました。

ちなみに、柿渋染めには独特の匂いがあり、銀杏の実のにおい、といえばみなさんにも想像してもらえるでしょうか。
作業している本人は慣れていますが、そのおかげで作業場のドアを開けるとすごいことになっているらしいです(って、わたしの書斎じゃん!)。
引渡しは臭いがとれたときがよいでしょうか。

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右側面から見ると、オーナーにご指定いただいていたとおりのサイズの、真四角の右肩に、丸い棒がとおしてあるのが見えると思います。

蓋の開閉時の強度を保つとともに、全体としてはすべての角で棒のアールを維持しながら、ひとつの角を削ったことで「完全-1」というモチーフを盛り込むようになっています。



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さきほどの写真で、下側にも棒があることに気づかれた方がおられるかと思いますが、あれは自転車のキャリアとの固定のために使われています。

自転車のキャリアを見て、どう使うかわかるでしょうか。



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真ん中の穴に棒をとおして、




固定します。

はじめは、蓋のところに通した棒と同じ直径10mmのものを使えればいいなと思っていたのですが、キャリアのワッシャー部分と干渉してキツキツだったので少しずつ削っていたら、菜箸みたいな形になりました。
万が一旅先で折れてしまったときにでも、現地でなんとかできるのが自転車用の部品としてはふさわしいですからそのように設計してあり、6~8mmくらいの棒状のものであればなんでも使えると思います。

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いちおう、背面の月カン(金具)にベルトも通せますが、



下の写真のように、実際には必要ありません。


自転車をお借りして、数十キロ走ってみましたが、ベルト無しで問題ありませんでした。
おそらく、ライトなんかの他のパーツが外れて飛んでいったとしても、バッグだけは自転車にしがみついたままなのではないかしら、というような強度です。

支点なしで宙に浮いているようなものにしたかったので、「どうやって留まっているんだろう?」と思ってもらえれば成功でしょうか。

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今回背面に使った月カンは、あまり見ることのできない種類の金具です。
いつものDカンと機能的に違うのは、今回の場合で言えば、金具付きのベルトと、フタ側のベルトを2本通すことができる、ということにつきます。


上の写真のように、∞ループにすると、リアキャリアとしてBrooksなんかのサドルの金具にも留めることができます。

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背面のデザインを少し上から(オーナーの視点から)見ると、少しずつ間隔を広げつつ下へと折り重なってゆく層を見ることができます。
これは、「フィボナッチ数列」および「黄金比」の数字を使っていますが、わたしとしてはむしろ、日本庭園に置かれている積み石(前回の記事でご紹介した画像にもあったような)をイメージしました。

層が重なりあうことで土台が確からしいものとして馴染んでゆくことを表現するために、いちばん下の層は、それぞれの経験が土台そのものとなって溶け込んでゆくことを意識し、あえて明確なステッチをつけずに、見えない線を見る人の頭の中にだけ持ってもらうことを願ったものです。


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2つのマグネットで留められた、かっちりした形のフタを開けると、オーナーにだけ見えるところにゆるやかな丸みを持った下の顔が現れます。

激しい青年時代を送った人ほど齢を重ねると…ということですね。


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丸みをもったデザインは、荷物が増えたときに容量を増やすためのフラップという機能と統一させて存在しています。

いちばん容量を増やしたときにはこんな顔です。
ロックの役目を果たしている金具は、ギボシといい、今回はじめて使いましたが、3mmの革に通すと思いの外、というかめちゃくちゃ丈夫でした。
普段の状態では、ここを外し忘れていると、どう蓋を引っ張ってもテコでも開かないほどです。


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さいご、ためしに手持ちの別のコンチョをつけてみたところです。(チェコ共和国の硬貨)

オーナーが選んだコンチョによって、表情がとても大きく変わるのではないかなと思います。これまでのG1とG2は、コンチョをモチーフとして全体の構成を決めていたので、いったん決めたコンチョはどうしても動かすことができませんでした。
当初指定されていたコンチョは40mmほどの、コンチョとしては異例に大きなものでしたから、オーナーの手でどう変わってゆくかが楽しみです。


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以上、普段はここまで突っ込んで説明することはありませんが、ものづくりの過程を見てもらうのは読者のみなさんにとっても少しは刺激になるかなと思い、恥を忍んで書き連ねてきた次第です。

余談ですが、あえて蓋に表情を付けなかったことによって、かえってG1やG2のような表情をもった革を追加で付け加えることも容易になりました。(回り道がかえって近道、否定の否定。進化の本質、すなわち相対的な独立。)

さらにいえば、G1やG2と違って、固定された世界観がないことで、アンティークショップで見つけることの出来るような取っ手などを付けることもできるようになりました。

真鍮製取手リスト(ArtCrewさんのショップから)
ご自分でものの使い方や向き合い方を突き詰めてゆくことができる人の場合には、作り手が世界観を提示するよりも、そういった楽しみ方をされるのではないかなと思いますから、いわばわたしがこれを渡させていただいたときからが、オーナーさんにとってはほんとうの始まりだと言えるのではないでしょうか。


わたしにとっては今のところ、これ以上のものは影も形も思いつきません。
研究にしろ趣味にしろ自分が昨日作ったものを今日はぶっ潰して乗り越える、くらいの気持ちでいつもいます(裏を返せば過程にこそ本質がある、ということです)が、今回はなんだかすべてを出し切ったような気しかしません。
これでも、ほんとうにまだ先があるのでしょうか。

オーナーをはじめ、読者のみなさんの批判を仰ぎたいところです。


(了)

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