前回の記事では、「新しい世代のPC」では、いわゆる「OSの顔」というものがどのような形になるのかと問いかけるところまで話を進めてきました。
Appleが先月にリリースしたLionでは、その答えは明確に提示されていませんが、このままiPadに倣ってユーザーの使い勝手を高めることを目指すとするなら、どんなに混乱したときにでもいつでも帰ることの出来る場所、つまり「ホーム」を「新しいOSの顔」として設定するのが自然な流れであるということになりそうです。
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これが、従来のOS Xにおける、「古いOSの顔」のありかたでした。(右側)
iPadのホームスクリーン(左側)と比べてみると、非常に似通ったもののようにも見えますが、その本質はまるで異なっています。
iPadのホームスクリーンに並んでいるのはすべてアプリケーションのアイコンであり、たとえばメールをチェックしたい、メモを取りたいといった目的に応じてそれぞれのアプリケーションのアイコンを選択すれば、それを起動することができます。
アプリケーションを開けば、前回の作業内容がそのまま出てきますから、ユーザーはファイルがどこに保存されているかなどは考える必要がありません。
ところが、Mac OS Xの場合には、アプリケーションのアイコンだけではなく、それに混じるようにしてファイル(フォルダも含む)のアイコンが並んでいます。
数から言えば、アプリケーションのアイコンよりも圧倒的にファイルのほうが多く、デスクトップの働きは実質的にファイルブラウザであることからも、古い世代のPCというのは、「ファイル」概念ありきの設計思想であることが明らかなのです。
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前回述べてきたように、新しい世代のPCでは、ファイルを保存し、拡張子をつけ、関連付けを気にするといった「ファイルの管理」という、本来の観点から言えばユーザーの負担となっていた作業が必要なくなってゆきます。
そういうわけで、従来のPCよりも圧倒的に多くのユーザーに受け入れられたiPad(iOS)から学んだ新しいMac OS Xは、最新バージョンのLionで、形の上ではほぼiOSと同等の仕組みを用意しました。
Lionの"Launchpad" |
見た目には、iOSのホームスクリーンとほとんど同じであることがわかるでしょう。
この画面にはファイルという概念がほとんど登場しておらず、おもにアプリケーションランチャーとして機能します。
この工夫によって、たしかに見た目の上ではiOSとほぼ同等となったLionですが、問題は、これが本質的な意味で、iOSでいう「ホーム」と呼べるものなのかどうか、ということなのです。
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答えは残念ながら、否です。
どれだけ迷ったときにも帰ってこれるという意味でユーザーに安心感をもたらすものでなければ、ホームとは呼べないのですが、LionのLaunchpadはそれを満たしてはいないからです。
このアプリケーションランチャーを起動する方法は、トラックパッドを3本の指でぎゅっとつまむ(ピンチイン)か、"Launchpad"アプリケーションアイコンを選択する、というやり方でしかないのです。
後者については、アプリケーションランチャーを起動するためにアプリケーションアイコンを選択しなければならないというのは、なんとも皮肉な話です。
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実は上に掲載した画像は、開発途中のLionのもので、Appleの思惑としては、Launchpadをこそ「新しいOSの顔」にしたい、という思いがあったのかもしれませんが、実際にリリースされたLionでは、Launchpadは別途のアプリケーションとして搭載されました。
開発中のものと比べると、 最下段左から2つめに"Launchpad"のアイコンが追加されているのがわかる。 |
このことは、iOSと同様にホームスクリーンになりえたかもしれないLaunchpadを、単なるアプリケーションランチャーとして扱うことを意味していました。
つまり、AppleはLionでファイルの概念から離れることを目指しておきながらもなお、ファイルブラウザである"Finder"がOSの顔であって、それをまず起動させた上でLaunchpadを起動し、そのあとしかるべきアプリケーションを選択するという形に落ち着けざるを得なかったのです。
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ですから表題の問い「Lionにおけるホームとは何か」の答えは、その思想性にそぐわず、以前として"Finder"なのだ、ということになりました。
もともと熱心なユーザーが多く、相対的なシェアが低いAppleは、そのフットワークの軽さを生かして非常に抜本的な改善を試みることがあるのですが、同社をもってしても、あまりの大幅な変更はユーザーに受け入れられない可能性が高いと考えたのでしょう。
たしかに道具というものは、ユーザーの使い勝手を考えてこその合理性を持ちうるものなので、あまりに性急な方針の変更はそれを損ないます。
そのために、新しい提案をしながらもユーザーがそれに慣れるという、ひとつの浸透過程を踏まねばなりませんから、その決定もやむを得ないところではあるのです。
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ところがそのことは認めた上でも、方針の不徹底は、ユーザーにとっての看過できない混乱をもたらす種を蒔いてしまった、という事実があります。
そう言うのは、Launchpadの新設によって、ユーザーがアプリケーションを起動しようとなったときには、なんと4つの起動方法が用意されることになってしまったからです。
それはまず、従来からのアプリケーションランチャーであるDock、
Dockに登録されたアプリケーションアイコン、
Finderウィンドウに表示されたアプリケーションアイコン、
そして、新たに追加されたLaunchpadアプリケーションです。
一体何回アプリ、アプリと繰り返すのか、いいかげんにしろ、と言いたい読者のみなさんの気持ちもよくわかります。わたしも整理して書いてみて、びっくりしてしまいました。
これを、使用頻度別に使い分けることのできるベテランユーザーならともかく、本来ならば使い勝手の向上のメリットを直接に受けるはずであった新規ユーザーにまで、難しいイメージを与えてしまう危険性が、とても高くなってしまいました。
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PCのあり方そのものを新しい時代に向けて作りなおすという大事業にとりかかったAppleは、ファイルの概念を払拭しようと取り組んだまではよかったものの、やはり従来のPC的な使い勝手を直ちに闇に葬り去ることはできなかったとみえて、従来からのものと、あるべき時代のちゃんぽんの形を、とりあえず採用することになりました。
先ほど見たように、いまのところアプリケーションを立ち上げるにあたっては、大まかに言っても4つの経路があるわけですが、これを一本化することに成功した暁には、「新しいOSの顔」というものも見えてくるでしょう。
そのことをとおしてファイルの概念が薄まり、ユーザーが目的に応じたアプリケーションを立ち上げることから作業を始めるスタイルが定着するようになると、「古いOSの顔」であった"Finder"にとって代わり、"Home"といった意味合いの「新しい顔」が用意されることになるかもしれません。
今回はMacを中心に紹介してきましたが、デスクトップにたくさんのウィンドウを開いて作業するというスタイルを名前でも示している"Windows"もOSのひとつです。
この名前も、ブランドとしては続いてゆくでしょうが、「ポストPC」の時代では、名前の由来そのものは、しだいに忘れ去られるようになってゆくかもしれません。
(了)
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