2011/02/24

認識における像の厚み(3):なぜ弁証法的唯物論なのか

◆つづき◆



さてここからはやや脱線して、「なぜに弁証法的唯物論か」ということをご説明しておきたい。
土台について信頼がなければ、それに取り組む心も揺らごうというものであるから。


◆◆◆

さて次の図を読む前に、どうしてもことわっておかねばならないことがある。

このブログでは、意図的にあちこちで表現を変えたり、
わたしがなにも見ずに書きまくっているために表現が統一されていなかったりしている。
だが、それにはいちおうの理由がある、ということだ。
その理由はといえば、一言で言えば、「丸覚え」されては困る!、つまり知識的だけに受け止めて、論理的に論理の光を照らして読んでもらえないのなら、百害あって一利なしという思いがあるのである。

ほんとうにここは、重ね重ね、お願いしておきたい。

ここまでわかってもらえれば、次の図を見て、簡単に整理しておいてほしい。
重ねていうが、こんなものをまる覚えしても、中身が理解出来ていなければなんの意味もない。

図)学問における論理性・世界観
(ここでは、「論理性」に焦点を置いて図示している。
「唯物論的弁証法」と、「弁証法的唯物論」は意味が違うので注意。
知りたければ質問してください)


というわけで、これまでも、今後もあまり整理や図示をしすぎない方向で進めたい。
頭が整理できなければ、自分で図示をしてもらいたい。そうすれば力がつくものなので。

◆◆◆

閑話休題。
まず物質を主体とする唯物論に対して、観念論は、精神を主体において森羅万象を見ようとする、学問における世界観である。

いわゆる「哲学的」な見方と思ってもらえればそれでかまわないが、
常識で言うところの、精神主義や気合論、人生論などとは全く違うので、
あくまでも学問の世界での重みがあるのだと思っていただきたい。

さてそうすると、物の見方が、なぜに観念論ではいけないか。

これは、観念論がまず「精神がある」というところから理論を作ろうとするから、
それを実際に適用する段階では、宗教的な訓示、という形で表現されることになることに由来する。

しかしこのやり方の最大の問題点は、ほとんどの場合が「精神にしか働きかけられない」ということである。
大病になったときに、手の尽くしようがなく祈祷にすがるしかなかった昔ならまだしも、
現代における治療の現場で、満足に治療もせずに、傍らでお祈りばかり繰り返していたら、
これは立派な医療事故になってしまうわけである。

本質論から言えば、この考え方の限界は、「観念論では、森羅万象のうち精神しか捉えられない」ことである。
これにたいして唯物論は、森羅万象を、まずは物質ありきとしてとらえようとする。
「精神」も、物質的にとらえるのである。

実のところ、学問の出発時には、観念論でも唯物論でも、どちらを選んでもよい。
わたしの場合は、学生たちに心身ともに働きかけることのできる理論をということで、唯物論を選んだわけである。

◆◆◆

次に、ここがなぜに形而上学であってはダメなのか。

それは、森羅万象にその考え方を適用してみればすぐにわかるとおり、早々に限界をむかえるからである。
弁証法に対する形而上学とは、現代でいう形式論理をイメージされるとよい。
一般の方もご存知かもしれない、「ソクラテスは死ぬ」という命題の証明で有名なものである。
曰く、人間は必ず死ぬ、ソクラテスは人間である、との前提から、その結論が導かれるというのである。

これは、アリストテレスが講義した論理学を曲解および矮小化したものであるが、
このような形式だけでは、森羅万象どころか運動する物事をまるでとらえることができない。

いわゆる、論理をこういった形でしか捉えられないとすると、
森羅万象は数学に置き換えられるとの幻想を抱きかねないものだし、
また逆に、形式論理の欠点を一般化してしまい、「結局論理では森羅万象を理解出来ない」などと、
経験や実践一点張りになってしまうことにもなる。

一言で言えば、形而上学の欠点は、本質論から言えば、「森羅万象を固定化したものとしてしか捉えられていない」ということにある。
形而上学的な物の考え方は、ある選択を決心するという一瞬の意思決定には十分役に立つが、長期的な感情の揺れ動きはとらえることができない。
これにたいして、弁証法は、森羅万象は常に揺れ動くものとして、その運動形態をとらえようとする。

◆◆◆

ここまでの簡単な説明だとまだ納得がゆかない、という方には、面と向かって口頭で、
ということになるが、お断りしておきたいのは、わたしの学問の道の選び方は、
なにも「恩師が唯物論者だったから」だとか、「一番流行りだから」などという安易な理由では決してない。

むしろ、人間の社会では、観念論的な意味付けが往々にしてまかり通っているのであって、
科学者でさえも観念論を捨てきれない人間がほとんどなのだから、
これは、ある種の揺るがせない原理を探しに探したことのある人間でなければ、
思いもつかないほどの立場であると言ってよい。
なにしろ、現実の客観的事実から論理を手繰り寄せ、それを理論へと体系化してゆかねばならない唯物論に比べて、
現実に向き合わずとも論理的に階段を数段飛ばしできる観念論のほうが、はるかに易しい道なのだから。

この立場の選択とて、学問が原理から論じ始めなければ意味を成さないものだけに、
ここが崩れれば学者としての人生そのものがまるごと無駄になるだけに、相当な逡巡があったものである。

◆◆◆

しかしなぜ、こんな原則論の吟味ほどではないにしろ、
世の中のほとんどの人は、まともに歴史を受け継ごうという意欲に欠けるのだろうか。
そしてまた、歴史を作ってゆこうという意識もまるでないのだろうか。

わたしは「なぜ」と言ったが、これは「なぜだかわからない」ということではなくて、
「当人の意思しだいではいくらでもやりようがあるしやれるというのに、どうしてはじめないのだろう」という、
当人の姿勢に対する問いかけである。

たとえば、わたしは今でこそ唯物論、弁証法という見方で、
すべての出来事についてある一本の筋を通しながら見ることができるようになってきつつあるが、
「世の中の見方に一本の軸を通すには、どのような見方がいいのだろうか」という問題意識を、
物心ついてからずっと持ってきたものである。

なぜかといえば、物事の確実な見方がないのに、大人になれるわけがないと思っていたからである。
定見がなくてもハタチをすぎれば勝手にオトナになるさ、という諦めは、どうしてもできなかった。
サルなみの生涯ならまだしも、わたしは人間である。
人間としての誇りにかけて、それは探し当てねばならなかった。

(つづく)

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