2011/07/26

MacOS X Lion (3):前を見据える者はどんな橋を渡ってゆくか

(2のつづき)


今回Appleが新しい時代に向けて"OS X Lion"で取り組んだのは、「ポストPC」時代をどう考えるか、ということである。

ポストPCとは、スマートフォンなどの携帯機器が、それまでの携帯電話とは質的に違った性能にまで向上することになり、それと直接にそれまではパーソナルコンピュータと呼ばれていた一般的なデスクトップやノートブック型PCが、その役割を終えるかのように思われはじめたことを指す。

それまでにも、PCの世界では、全体的な性能の底上げによって、日常的な作業はデスクトップでなくともノートブックで十分に事足りるまでになっていたから、ノートブック型の台頭は目に見える形で現れていた。

当時までのその変遷を将来に向けて延長させたところに、「PCの死」は囁かれるようになっていたから、それと同時に、各メーカーは「ポストPC」機器を他社より先取りして開発することを目指していたわけである。

◆◆◆

それが、いまでは手のひらに乗るコンピュータでも行えるまでになったということなのであるが、画面を指でタッチして操作することによって、アプリケーション次第でどんな用途にでも使えるまでに携帯電話の可能性をiPhoneで実現したのは、ほかでもないAppleである。

人々にパーソナルコンピュータをPCの形で普及させた当のAppleの手によって、同社自らが発表したiPhoneや、それを大画面化しタブレット型に発展させたiPadによって、PCを消滅させるかにも見えた。
(事実的にはiPhoneの開発は、タブレット型の試作段階を見たCEOジョブズが、タッチパネル操作に感銘を受けて、それを携帯電話に応用できないかというところから始まっている。だからこそ同社は、iPhoneの発売からわずか3年足らずでiPadを発売できたのである。)

すでにiOS機器(iPhone、iPad)は、この秋にも母艦となるPCと繋ぐ必要がなくなると発表されているから、そうなると、もっともユーザーに近いコンピュータはそういった携帯機器に移り変わり、それは直接に「PCの死」を意味していてもおかしくない。

ところが、Appleは、「PCは死んだのか?」の問に、"No."という答えを出した。
それが、今回発表されたMacOS X Lionである。

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このOSは、世界的に極めて急速に多くのユーザーに浸透したiOS機器の中でも、とくにiPadの操作系を、Mac OSに取り組むことを目的に開発されたものである。

図1. MacとiPxx系機器の系譜
もともとは独立していたMacとiPxxの流れが、Lionにおいて合流している。

ここで紹介するのは個別の機能ではなくて、それらが目指す考え方、いわば設計思想である。
それは、「コンピュータが、どれだけ本当の意味で『パーソナル』なものになっているか」、という尺度での発展が目指されている。

今回の"Lion"では、以下のことに焦点が当てられていると考えられる。

a. 保存を意識しなくてもよい
b. 前回の作業内容を思い出さなくてもよい
c. ファイルの概念を把握しなくともよい

◆◆◆

a.〜c.のどれもが、AppleがMac OSを世に問うてからそれに影響を受けたWindowsなどのOSまでもが、これまでずっと、何ら疑問に感じてはいなかったか、問題として挙げられてはいてもすでにユーザーが習得しているので改善の余地を見いだせなかった事柄である。

ユーザーがPCを使うときに、もしアプリケーションがエラーを起こして落ちてしまって、作業中のファイルが失われたら、ユーザーが保存していないから悪いのだとされた。

PCの電源を落として再起動したときに、前回の作業の続きをするために、いくつかのアプリケーションとファイルを開き直すのは、ユーザーの仕事であった。

作業中のファイルをいくつかのバージョンに分けて保存し、以前のバージョンに戻したい時にはファイルブラウザで見つけて開き直すのも、ユーザーの仕事であった。

――これまでは。


これから新しいMacを使うユーザーは、それらを気にする必要がない。

ファイルや作業中の環境は、アプリケーションを閉じても、PCをスリープさせても、たとえ再起動したときにも、「すべて自動的に」復帰される。

◆◆◆

これほど、当たり前の機能があるだろうか。

わたしたちが自宅で仕事や趣味をしているときに、家族がそれを見だしたり、もし善意であっても片付けをされるのがかえって迷惑なときには、とりもなおさずそれが、作業中だから、である。

机の上のバラバラに見える書類も、ベランダの散らばった水槽も、すべて、それなりの理由を持ってその状態になっている。

傍から見れば本に紙切れが挟まっているだけかもしれないが、やっと見付け出した引用部を書き写すまではそのままになっていなければ困るのだし、親魚が生んだ卵を無事に孵化させるには、水草ごと別の水槽に分けておかねばならないのである。

PCの世界では、これが当たり前ではなかった。

こうして書き表してみると、PCというものは、今までいかに致命的な事柄が、手付かずのままに残されて来たのか、と思えてくるであろう。

◆◆◆

そうだからこそ、わたしがこの"OS X Lion"を使ってみたときに、この会社は、ものごとを当たり前のところから見なおして、それが実現できていないことに言い訳せず、どうすれば当たり前のことが当たり前になされるようになるのか、と考えてみることのできる、数少ない会社組織なのだな、と思わされたのである。

細部を見ればまだ整理しきれていない機能がありはするけれども、これが他社へも波及して、「ポストPC」のあり方を大きく変えてゆくことに、今から期待してやまない。


ではさいごに、「どうすればLionが示した『アタリマエ』志向を前に進められるか」を考えてみよう。

(4につづく)

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